アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

肌荒れに原因を求めすぎない

アラフォー童貞のODです。

 

吹き出物が赤くふくらんでいたり、肌がガサガサだったりすると、鏡を見るのが嫌になると思います。しかし、多くの人は鏡を見ないまま生活を送ることは困難です。そのため、鏡を見たときの自分の顔への捉え方を変えるしかないという話になります。

 

では、どのように捉え方を変えれば良いのでしょう? ・・・それは「気にしすぎない」ということが大切だと思います。ポイントは「しすぎない」ということです。

 

多少、気にする分には問題ありません。健康状態を観察するという観点から言えば、顔を含めた自分の肉体の現状を確かめることは必要だと思います。しかし、過剰に同じ個所を気にしているとストレスになって、心身に良くない影響を与えてしまいます。

 

顔や手は衣類に包まれることがない分、すぐに視界に入ってしまいます。顔は鏡だけでなくても、ちょっとしたガラスの反射でも見えてしまうため、せっかく忘れていた吹き出物のことなどを思い出してしまい、憂鬱な気持ちになってしまいます。しかし、何度見ても、何度気にしたとしても、すぐに治ることはありません。

もっと言えば、長い人生において、吹き出物が全く出ないときのほうが少ないのではないでしょうか。吹き出物に限らず、どこもケガもなく、心身ともに1年を健康なまま過ごすことができる人はいるのでしょうか? ・・・おそらくいないはずです。

 

私たちは必ず、どこかを故障しております。ちょっとした切り傷や指先のささくれ、吹き出物などの肌荒れ、肩こりや腰痛、ちょっと肩を上げると鈍痛がする・・・数え上げればキリがありません。また、目に見えない・感じない故障だけではなく、蓄積されている疲労や人間関係のストレスといったものもあります。

このような故障に対して、私たちは「ちょっとくらいなら大丈夫だろう」と自分の心身を誤魔化して、無理して活動することもあります。それでも大抵の場合は、大きな問題になることもなく、ちょっと休めばある程度は回復します。怪我も数日で治ります。

 

もちろん、無理をし続けることは禁物です。必ず大きなツケが回ってきて、それが心身の故障が生活の支障に変わることがあります。しかし、生きていれば多少無理をする時期というのはありますし、一方でのんびりできる時期もあります。その繰り返しが人生だと考えると、多少の故障は仕方ないと思っても良いのかもしれません。

 

誤解しないでいただきたいのが、体が動けば無理をしてもいいと言いたいわけではありません。冒頭からの吹き出物の話に戻しますと、時期によっては肌荒れという形で肉体の故障が現れることもある、と言いたいのです。それに対して、過剰に気にしたり、短期間で何とかなくせないかと奮闘したり、無意識に手で触れて悪化させてしまうのは良いこととは言えません。

 

もっと良くないことは、自分の肉体の故障に対して、無理やり原因究明をし過ぎてしまうということです。

 

人間は辻褄を合わせることが得意な生き物であり、辻褄が合えばある種の快感を得ることができるため、何とか原因という辻褄を模索しようとします。自身の体の変調についても、「最近忙しいからな―」とか「普段運動しないのに、女子の前だから格好つけて重い荷物を持っちゃからなー」と、そこそこ明確な理由があれば良いですが、無理やり「どれが理由?」「あれかな? いや、あれかも」と思いつかない原因を探すことはストレスになりますし、脳疲労も招きます。このような負担が肌荒れや内臓の異常につながることは誰もが理解していることでしょう。それなのに、多くの人は無理や原因究明をしすぎてしまうのです。

 

このように、肌荒れといった生活に大きな影響はないけれど、見た目にも分かる不快な異常に対しては、そこそこ気にする程度に留めて、あとは衛生的にするとか、睡眠を多くとるなどにより自然に治るまで待つくらいのスタンスでいましょう。無理に原因を究明しようとしても、ストレスになるだけですし、原因が特定できた瞬間に肌荒れが消えるという奇跡なんて起こりません。むしろ、過度に気にすることで肌荒れを助長するだけです。

 

鏡に映る肌荒れが嫌ならば、鏡を見る機会を減らすのが一番です。それこそ早めに床に着いてみてはいかがでしょう。ストレスも減り、肉体にも良い作用をもたらします。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。