アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

キツキツなスケジュールには、「空白の時間」をつくる

アラフォー童貞のODです。

 

スケジュール帳(アプリ)を開いたとき、予定が詰まっていると安心する人がいます。

そして、その日を予定通り終えることができると充実感があります。さらに追加で入った予定も終えることができたならば、自分に対して有能性も感じることもできます。

 

これはモチベーション管理の手法の1つである「ゲーム化」に通じるものです。つまらない作業や結果が分かっている仕事に対して、いつも目的や意義ともって取り組むことは誰しも難しいものです。つまらないものはつまらない、面倒くさいものは面倒くさい、と思ってしまいます。そこで、タスクの1つ1つを、まるでゲーム感覚でこなしていくと楽しくなり、気がつけば終わっていたり、もっとやりたいと思うことだってあります。

 

これは「量」に対して快感を抱いているため、もっとやりたくなるのです。人間の心理として、どんなに重要で必要な仕事であっても成果が出ないとモチベーションが出ませんが、ある一定の成果が出てくると楽しくなってきます。その一定の成果の1つが「量」なのです。「量」が増えていくと、その1つ1つは大したことはなくても、何だか自分の有能性を感じることができます。

 

この「量」への快楽は視覚的であればあるほどモチベーションにつながります。それは、スケジュール帳(アプリ)を開いたときに、その日・その週・その月・・・と確認したときに、予定という「量」がびっしりであればあるほど、自分の日常は充実しているように感じられます。かつ、それらを達成できればできるほど、結果としての「量」も増えた感覚になります。達成した予定にチェックを入れるなどしている方であれば、そのチェックの「量」が充実感にもなります。

 

しかし、「量」ばかりに安心感や充実感を得ているのは、少し危険な面もあります。

それは、「量」が少ないことに不安感を抱いてしまい、それを解消しようと無理やり負荷をかけようとしてしまうからです。

 

例えば、毎日10kmのジョギングをしているけれど、日によっては仕事などで疲れが出てしまうことだってあります。そして、そんな日は半分の5kmで終わらせようと思ったのはいいけれど、5kmで切り上げようとしたとき、ふと「いや、ここまで来たら、せっかくだし10kmやろう」と続けてしまうのです。

これだけ見ると、別に問題ないように見えますが、これは体が疲れているのに、無理に肉体に負荷を強いている状態です。そして、なぜこのように考えてしまうのかというと、自分にとって肉体を健全な状態にすることではなく、毎日10km走るという「10km」という「量」を優先してしまっているからです。

本来は健康や身体機能の向上のためにやっていたジョギングなのに、いつしか距離(人によっては時間や負荷)という「量」をこなすことが重要になってしまっていると、そのうち肉体のどこかを故障したり、慢性疲労から仕事やプライベートにも支障をきたしてしまう可能性もあります。

 

そして、上記のスケジュール帳(アプリ)にスケジュールが詰まっている状態が慢性化しており、かつ自分にとってそれが心地よいと思っているときも危険と言えます。それは、達成すべき1つ1つのタスクの質を良くすることよりも、質はそこそこでも、たくさんの「量」をこなせばOKという思考になってしまいます。

物事には優先順位もあるととともに、力の配分だってバランスを考えなくてはいけません。すべてを100%で取り組むこともできなければ、すべてを完璧にこなせることも不可能です。そのような生き方は自分自身を摩耗してしまうだけです。

また、その日1日いっぱい使って1つのことを成し遂げたとしても、何だか「量」が少ないと感じてしまう人もいるかもしれません。そして、何だか1日過ごしたのに1つのことしか達成できなかった自分に不安を抱くようになります。同様に、たまに空き時間ができると不安になり、何とか別の予定を無理やり詰め込んで安心感を得ようとする人もいるでしょう。

 

・・・何だか、ずいぶん具体的かつ断定的に書いていると思われたかと思いますが、これは私自身がそうなってしまうことがあるからです。つまり、予定をキツキツに詰め込んだり、1つ1つの質よりも、たくさんの「量」をこなすことに充実感を得ようとしてしまうのです。

しかし、このような日常は疲れてしまいます。ときには予定調整を間違えたり、ダブルブッキングまではいかないけれど、空いている時間に何か予定を入れようとしたときに「あれ、あの件っていつだったけ?」と思い出して、その空いている時間だと気づくこともあります。

 

このようになっている自分に気づくと、私は意図的に予定と予定の間に、少なくとも30分の空き時間を無理やり作るようにしています。例えば、9時から10時まで打ち合わせをして、その後に書類作成を済ませ、11時から外回りという流れだったならば、10時から10時30分までは意図的に予定を空ける・・・といった具合です。

もちろん、これは1つの例であり、午前中という脳をフル回転できる時間帯はもっと有意義に予定を立てますが、その後の予定のためのエネルギーや思考能力を加味すると、急いでやらなくてもいい書類作成は外回りから戻ってからやる、というのも1つの考えなのです。確かに打ち合わせ⇒書類作成⇒外回り、となると予定を立てるときと、それに実施後のチェックを入れるときに満足感はあるでしょう。しかし、繰り返しになりますが、このような無理やりな予定と遂行手段は心身によろしくはありません。

 

そして、一番きついと思うのは、空いている時間があることに落ち着きをもてなくなる、ということです。予定がキツキツの状態が心地よい人にとって、パフォーマンスも大切ですが、それよりも「量」のほうが大切なため、空き時間があることにもどかしさを抱いてしまうのです。もし、こうなっていたら、予定をキツキツにすることに中毒になっている、引いては自分自身に無理をさせているということと思って良いです。

 

・・・と、自分に言い聞かせながら、来週以降のスケジュールを見て、キツキツになっている日時に対して、自分一人の作業や急ぎでない予定をずらして、無理やり空白の時間を作っている次第であります。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。