アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他人からこう見られたい」と思うと、ただの痛い奴になる

アラフォー童貞のODです。

 

男女問わず、「痛い奴」というように見られてしまう人はおります。

男性であれば過去の自慢話をしたり、地位や役職をひけらかしたり、恋愛経験の豊富さをアピールしたり。女性であれば「サバサバ系」をアピールしたり、若く見られたいばかりに年齢にそぐわないメイクやファッションをしたり・・・。

 

別にこのような態度や言動を非難しているわけではありません。そのように振る舞いたければ振る舞えばいいと思うのです。しかし、タレントさんのような商業的に意図して作られたキャラクターを演じるのとは違い、何のニーズもないのに演じているのは不毛な感じがします。

 

もちろん、「自分はこういう人間になりたい」とか「〇〇さんのような生き方をしたい」ということから、憧れに近づくために振る舞いや見た目を変えるということは大切です。しかし、「周囲からこう見られたい」という、他人目線をもって自分という存在を創り上げるために演じると、やはり無理が生じます。

 

憧れを追求するために自分のあり方を整えることは、自分に対して客観視できるので改善のしようがあります。それに対して他人目線で自分を整えると、客観性がなくなるどころか、常に他人からどう思われているのかが気になります。そのうえ、自分が見られたい自分になっているか確認がとれないため、改善することもできません。

 

そうして、ズレにズレたまま「痛い奴」になってしまうのです。

 

 

では、どうしたら良いのでしょうか?

 

憧れを追求する意味でマネすることは大切です。何事もいきなりオリジナルでやるよりも、すでに始めている人・極めている人たちを参考にしたり、基礎から学んだほうが成長は早いです。回り道かもしれませんが、マネする事と基礎学習は確実かつ重要です。

 

しかし、それは他人にアピールすることではありません。もちろん、自分の憧れや夢を周囲に語ることは問題ありません。問題があるとすれば、憧れという自分の思いと「他人からこう見られたい」という願望を混同してしまうことです。

 

となると、解決策としては「他人からこう見られたい」と思うことをやめる、という話になります。そうして、自分の憧れにひたすら集中して取り組むことが重要なのです。

 

とはいえ、他人目線をやめて目の前のことに集中したからといって、必ず憧れた自分になれないかもしれません。頑張って夢が必ず叶えるならば誰もが頑張ります。そこに不確実性があるから、頑張る人と諦める人が出るのです。(もちろん、諦めるというのも1つの選択肢なので否定はしません)

 

しかし、外から見たとき、よくわからないけれど無我夢中で何かに取り組んでいる人を見るのは気持ちが良いものです。もしかしたら、その時点で憧れに近づけたか、カタチは違うけれど目標は達せられているかもしれません。しかし、これらは自分では分からないというデメリットがあります。そのため、自分が憧れに到達できたかというのは主観では分からないと思ったほうが良いです。

 

仮に、「俺は昔、ケンカじゃ負け知らずだったんだ」とか「俺はこんな上のポジションについてて偉いんだ」みたいな言動をしたり、「私ってサバサバ系女子だから~」とか喧伝していたとして、それらを周囲が肯定してくれたとして・・・だから何なのでしょう?

 

ケンカなんて日常では使えませんし、社会的ポジションなんて一歩違う業界に行けば素人です。サバサバ系女子だろうがおっとり女子だろうが、その環境にいて楽しいか安心できるかなんてのは、他人が認めてくれて成立するものではありません。言い方を変えれば、(良い意味で)「自分が良ければそれでいいじゃん」と自分で思うことです。

 

ケンカが強くなくても、給料が安い仕事であっても、サバサバ系でなくても、人に気遣いができたり思いやりがある人であれば、誰もが受け入れてくれるはずです。もっと言えば、自分の話よりも相手の話に耳を傾けることができるならば、きっと相手だって「この人はいい人だな」と思ってくれます。

 

まあ、誰もが1度や2度は「痛い奴」になるものです。そうして黒歴史を成長していくのもまた人間と言えます。このように書いている私なんて、1度や2度じゃ足りませんよ。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。