アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「 何だかいつも忙しい・・・」と思うのは、勘違いかもしれない

アラフォー童貞のODです。

 

ひどく疲れている、頭が働かないときに限って、判断しなければいけないことやトラブルなどが降りかかってくることがあります。

 

「今日は定時で帰ろう・・・」と思った矢先に、客先から急な納品依頼があったり。

早く寝ようと思ったところで、友人からの電話で愚痴を延々と聞かされたり。

自分も色々と悩んでいるけれど、落ち込んでいる後輩を食事に誘ってみたり。

早めに仕上げる書類があるのに、パソコンが動かなくなったり。

 

こういうのを踏んだり蹴ったりと言うのでしょうか? それとも、タイミングが悪いと言うのでしょうか? あるいは、不運が重なるとも言えるかもしれません。

 

色々な言い方はありますが、「自分が大変なときにこそ面倒ごとはやってくるもの」とうことです。このような話をすると「そうそう、この間だってトラブルが続いて大変だったんですから」「疲れていても泣き言を言えないのが社会人ってもんですよ」などと言われるかもしれません。

 

しかし、上記のようなことは、客観的に見ると割とただの偶然であることが分かります。これは偶然が重なったという意味ではありません。どちらかと言うと「頻度としてはかなり少ない出来事なのに、さも頻発しているように思ってしまう」という話です。

 

私たちはどうしても、自分の身に起きた大変な出来事を針小棒大に伝える癖があります。例えば、とても時間がかかったトラブル案件を、実際は半日かかったところを「いやー、解決まで丸一日かかってさー」と言って大変アピールをしたり。反対に、丸一日かけて対応した作業なのに「まあ、2~3時間で何とかしたよ」などと有能さアピールをしたり。

このような大変アピールと有能さアピールをするためには、時々あるくらいでは認められないと思ってしまうので、常にトラブルに対応しているような振る舞いをするようになったり、いつも大変な状況に身を置いているような発言をするようになります。

 

また、大変な出来事というのは、とても強い印象を残します。例えば1週間で10個の案件に対応したとき、そのうちの3個がものすごい大変だったならば、何だか連続してトラブルに見舞われた気分になります。しかし、翌週、翌々週も10個の案件を対応したけれど、いずれも中程度レベルの話だったら、本来は何とも思わないはずです。

しかし、それ以前の1週間で3個の重めの案件が印象に残っているため、「自分には大変な出来事が降りかかるのだ」と思い込んでしまうようになります。

 

・・・このように書くと「いやいや、自分は本当に大変ですよ」とか「自分ばかりトラブル続きで、どうにかしてほしいものです」などと返されるかもしれません。実際、私の周りにも何人かそのようなことを愚痴めいて話す人はおります。忙しいアピールまでは言いませんが、常に大変そうです。(手伝えることないのがほとんどなので、私なんかは話を聞いて「大変ですねー」と言って終わりますが・・・)

 

しかし、自分は大変だという人は逆に、同じく常に大変だという人を見てみて下さい。

おそらく次のように思うはずです。

 

「あの人、いつも忙しそうだな」

「もっと落ち着いて仕事をすればいいのに」

「別なやり方があるのではないの?」

「スケジュール調整はできているのかな」

 

・・・と、思ったならば、それは常に忙しいと思っている、そんな自分も同様に見られていると思ったほうが良いです。言い方を変えれば、あまり有能に見られていないということです。

 

むしろ、有能に見られる人は、常に忙しいというよりも上手にタスクをさばいているものです。結果的に「どうやったら、この短時間でこんな量をこなしているの?」「過密なスケジュールでも、ちゃんとクオリティは維持してるよね」と評価されます。

 

このような人は忙しい時期があっても、ちゃんと気持ちをコントロールできております。つまり、「ちょっと大変だけれど、これは一時的なもの」「これが終わったら落ち着く。だから慌てなくて大丈夫」と割り切っております。

さらに、常に忙しい人と違って一時的な忙しかった出来事を、あまり覚えていないものです。例えば「あのとき、大変だったでしょう?」と聞いても、「どうだったっけなー」といった具合です。それは、今現在に意識を向けているため、過去にあった大変な出来事なんて思い出している暇はないのでしょう。

 

というわけで、大変な時期や忙しい出来事を乗り越えた経験は大切です。

しかし、それが自分を構成している全てだと思うと、疲れてしまいます。

「大変なときはあるけれど、それは一時期」あとは「のんびり穏やかに」という姿勢で生きていたほうが、自分も周囲も気持ちが良いと思わないでしょうか?

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。