アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

心のどこかで「相手に期待する」から疲れる

アラフォー童貞のODです。

 

いつの世でも誰しも悩むことがあります。

それは人間関係です。

 

 周囲の評価を気にしたり、

 こちらの行動への反応を伺ったり、

 反論をされてムカッときたり、

 理不尽なことを言われて唇を噛みしめたまま黙ったり、

 

・・・数え上げればキリがありません。

 

さらに、現代ではスマホという手のひらサイズの情報媒体によって、他人が発する情報に触れられますし、自分の考えも発信できます。そうして、会ったこともない人からのコメントに一喜一憂することもあります。

こうして、家族や友人、会社や近所などの身近な人だけでなく、顔を見たこともない人人間関係にも振り回させていると、心はどんどん疲れていきます。

 

人間関係において疲れる理由は色々ありますが、その1つとして、心のどこかで「他人に期待している」ということが挙げられると思います。

 

上記の例に沿って言えば・・・

 

 周囲に良い評価をして欲しい、

 自分の行動を肯定してほしい、

 自分の意見に賛成してほしい、

 自分を傷つけないで優しくしてほしい、

 

・・・と言ったところでしょうか。

このように書くと、子供じみた考えのように思われますが、実際に私たちは日常において他人への期待を良くしているものです。

 

例えば・・・

 自分がした気遣いに対して御礼を言われるかも・・・とか、

 自分のプレゼンは良い評価を貰えるかも・・・とか、

 自分の発言に好きな人が笑ってくれるかも・・・とか、

 

しかし、残念ながら大抵の場合は自分が期待する反応は返ってこないものです。御礼を言われるどころか素っ気ない反応をされたり、良い評価どころか批評されて終わったり、笑ってもらえるどころか場をシラけさせてしまったりと、そんなものです。

 

そもそも、「他人はコントロールできない」とはよく言うのと同様に、こちらのアクションに対して他人がどう反応するかなんて分かりません。もはやギャンブルです。

 

しかし、他人の反応がどう返ってくるか分からない事に対して、「良い反応が来るかも」と期待することにより、私たちの脳は興奮感を覚えてしまいます。それはパチンコで良い目が来るか来ないかが分かる直前の期待感と同様です。そこで良い目が来れば嬉しいですが、大抵の場合は出ないものです。そうして、「(良い目が)来い、来い」と懇願するものの、その期待が裏切られた途端に私たちはガクッとなり、途方もない疲労感に襲われるのです。(実際に私はパチンコはやりませんが、昔からそういうエンタメなのは変わっていないでしょう)

 

このように、他人に対して「御礼を言われるかも=お礼を言え、言え」とか「自分のプレゼンに良い評価をもらえるかも=良い評価を出せ、出せ」とか「自分の発言に笑ってほしい=笑え、笑え」という自分勝手な期待をしているのです。

そして、再三お伝えしております通り、自分の期待にそぐわない、何なら真逆な反応が他人から返ってくるので肩透かしを食らってしまうのです。

 

とはいえ、別に他人によく見てもらいたいとか、笑ってもらいたいという気持ちは問題ありません。むしろ自然で純粋と言えます。しかし、度が過ぎてしまうと、今度は他人に対しての怒りに代わってしまいます。

 

 こんなに俺が頑張っているのに、どうして分かってくれないんだ!

 御礼のひとつくらい言えよ! 礼儀がなっていない!!

 いつもそっちの意見に合わせているんだから、たまには賛成しろよ!

 なんだよ、あんな奴好きになるんじゃなかった!!

 

傍から見れば自分勝手に見えますが、「勝手に他人にして、勝手に疲れて、勝手に怒りを抱く」ということを日常的にやっているのが私たちなのです。もちろん、このように書いている私自身もよくあります。

 

しかし、期待が叶わずに疲労したとしても、せめて怒りのステップまでにいかないようにしたいものです。怒りのステップまで進んでしまうと、それが表面化してしまうと暴言や言い争いなどの暴力性に発展し、それこそ人間関係は破綻してしまいます。

 

そのため、人間関係で疲れたと感じたら、「何とか自分の期待を叶えよう」とか「何とか分かってもらおう」とか「何とか自分の発言で笑ってもらおう」などと躍起にならずに、まずは自分の肉体を休めることに注力することを優先すべきなのです。

 

怒りなどの緊張状態になると体が硬直しますが、体を緩めると思考も穏やかになることはわかっています。つまり、肉体を休ませることで怒りモードになりにくくできる、ということになります。これも「他人はコントロールできない」けれど「自分はコントロールできる」の1つの考え方です。

 

最後に。

他人に期待することは自然なことです。誰でもあります。しかし、他人は期待通りには反応しない、ということを前提にしたほうが良いです。残酷な話ですが、自分の頑張りを認めてもらえないだろうし、御礼も言われないだろうし、賛同ももらえにくいでしょうし、好きな人も笑わないだろう、と期待しないことが実は精神衛生としては健全なのです。

 

しかし、行動することはやめないでください。行動することもやめてしまったら、それこそ精神を病んでしまいます。

 

 認められなくても頑張る、

 御礼なんていらないから他人のために動く、

 賛成してもらえないかもしれないけれど提案する、

 すべってしまうかもしれないけれど笑いをとろうとする・・・

 

行動という数をこなせていけば、100個のうち1個くらいは良い反応をもらえるかもしれません。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。