アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

安心感を得る目的で、他人と比べることをやめる

アラフォー童貞のODです。

 

人はどうして他人と比べてしまうのでしょう?

それは「自分はおかしくないか?」という確認作業の意味が強いと思います。つまり、自分はおかしくないという安心感を得る目的として、他人と比較してしまうのです。

 

例えば、大好きなアーティストのライブに行くことになったけれど、ライブ会場は初めて訪れた場所だったとします。最寄り駅までは何とか到着できたけれど、会場はすぐ近くらしいので徒歩で行こうとしますが、地図を見ても方向が掴めません。

そんなとき周囲を見渡すと地、元民やその土地に慣れているように見える人々が目につきます。そうして「道が分からない自分はこの場で浮いていないか」と不安になります。

このときの不安は、道が分からないことよりも、今いる場所に自分が適合できていないことへの不安定さに由来しております。そのため、周囲を見渡して自分がおかしくない、間違っていないということの証明に躍起になろうとするのです。

そうしているうちに、やけに同じ方向に向かう集団に気づき、「きっとライブ会場に行く人たちに違いない。よし、付いていってみよう」と、わずかな期待を胸に集団を付いていこうとします。不安感は完全には消えませんが、同じ方向に向かっている他人(集団)がいるということに安心感を抱くようになると、さも「行き先が分かっていますよ」という顔をして歩を進めるのです。

 

ここでは道に迷ったときの例を出しましたが、この例だけでも他人と比較してしまう心理、「自分はおかしい部類になりたくない」「他人と自分は同じでありたい」という不安とよくわからない何かが混じった心情が伺えると思います。

 

さて、昨今は「個性」を重視している人が多いようであり、もっと言えば「非凡」な自分でなりたいという、ある種の変身願望的な気持ちもあるようです。要は量産型でない、唯一無二の自分として評価されたいという承認欲求の表れだと思います。

しかし、個性、非凡、唯一無二、ということは自分というジャンルは1つしかないということを指します。孤立とまでは言いませんが、これらを追い求めるということは、他人と比較しても参考にできることは何もなく、自分一人で試行錯誤しながら生きていくということを意味します。

 

「人生なんてそんなもんだろう」と思われた方は、ある種の個性、非凡性、唯一無二を有して生きておられると思います。それが心の強さかどうかは分かりませんが、自分自身に対して責任をもっているという意思を感じます。

一方、上記の例のように、自分の存在に不安定さを抱いた途端、つい周囲を見渡してしまう人がほとんどです。それは心の安寧を求めるために、まずは他人のあり方、言動、振る舞い、方向などを確認して、その数がある程度多ければ大丈夫だろうと判断して、自分の行動の方向性にしたり、自身の生き方に安心感を抱けるようになるのです。

 

このように書くと、他人と比べることで心の安寧を抱くことはダメなこと、と思われるかもしれませんが、そうではありません。人間は社会という世界でしか生きられないため、そこで他人との協調性を図る、周囲と歩幅を合わせて生きるということは自然なことです。そこで随時、自分という存在、ポジションを確認することは大切なことだと思います。

 

しかし、現代においては、周囲を見渡したり、他人と自分を比較しても参考にならないことが多くなっております。それはグローバル化や多様性の範囲が広がっているため、1つのテーマに対して10人のあり方を参考にしようとしたら、これまでは7:3くらいで分かれていた分類が、2:3:2:2:1くらいに分かれてしまうのです。前者は7割のほうを選べば安心だと思えますが、後者はもはやどれを参考にすればいいのか分かりません。多いのは3割だけれども、2割は3パターンもあります。余計に混乱する結果になります。

 

また、「平均」ということも参考にならない場合があります。もちろん、バラつきのある情報から代表値を割り出すことは有益ですが、そのバラつきが広ければ広いほど、平均というものの情報の信頼度も低下します。10人中7人の体重は60kgだとして、残り3人は100kg以上だとしたら、そこで得られる平均体重は意味があるか不明です。このような場合は、また違った視点で物事をとらえる必要があるかもしれません。

 

つまり、私たちがこれまで安心感を得るためにやってきた、自分が不安なときに頼ってきた「他人と比べる」という行動は、現代においては下手をすると安心どころかリスクになる可能性もあるのです。それは今まで目安にしてきた「平均」も同様であり、考え方次第ではポイントを外した見解や方向性を生み出してしまう恐れもあります。

 

では、どうしたらよいのでしょうか? 

ここまでは他人を参考にしてはいけない、みたいな事ばかり述べてきましたが、決して他人の振る舞いや言動は当てにならないと言いたいわけではありません。単純に「鵜呑みにするな」と言いたいのです。そのためには、自分なりの思考をもって行動するという習慣を交えることが重要です。

冒頭の道で迷った例であれば、ただ集団に付いていくのではなく、駅員さんや地元民っぽい人に道を聞いたり、あるいは同じ方向に向かう集団から声をかけられそうな人を捕まえて「これって〇〇のライブの方向ですか? この辺り分からなくって」といった、自分なりの行動・方向性を作り出すことが大切です。

ちなみに私は、対人関係は苦手ですが、それ以上に不安を抱えているほうが嫌なので、道に迷ったら速攻で人に声をかけます。交番も駅員さんが怖いなんて思っているよりも、どうしようと思っている時間と疲労感のほうがしんどいです。(道に迷って集団についていったとき、見当違いな場所に着いたこともあるという経験もありますし・・・)

 

ということで、安心感を得たいのはわかりますが、そのために他人と自分を比べるということはやめて、自分なりの方向性をつける癖をつけることが大切、というお話でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。