アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

物も人間関係も、ほどほどに「手放す」

アラフォー童貞のODです。

 

私たちは気がつけば身の回りに物が増えております。それは必要に応じて買ったもの、他人の厚意から受け取ったもの、その場の気分で手に取ったものなど様々です。それらは1つ1つに思い出もあるものもあれば、惰性で続けていること、別になくても困らないのに風景として溶け込んでいるものなど、身の回りに置き続けている理由も様々です。

このようなことは、直接手に取れる・触れることができる物に限らず、習慣や癖、人間関係など同様です。当たり前になってしまうと、見直そうとか、改善しようとかを考えは一切思いつくこともなく、潜在的に現状が続くものと思い込んでしまいます。

 

このように書くと、まるで現状維持であることが悪いことのように言っているように思われてしまいますが、そんなことはありません。私も含めて、多くの人たちはなるべく慣れ親しんだ環境や状況が続けば良いと思うものです。なぜならば、そのほうが今後起こることを予測しやすいので安心できますし、変化に対して考えることや新しく行動すること・適応することをする労力も最小限ですむからです。これは「楽をしたい」と言えばそれまでですが、「楽をしたい」なんて考えるのは自然なことです。それを責めることができる人はいないでしょう。

 

本記事で言いたいのは、物も、習慣も、癖も、人間関係も、定期的に見直して「手放す」ということをしてはいかが? ということです。それは「手放す」ということは執着からの解放になるからです。

 

冒頭の通り、私たちは身の回りに気づかないうちに物が増えておりますが、それは「新しい物を増やしたら、これまでの物を減らす」ということをしてこなかったからです。もしかしたら、これまでの物の中にはすでに使い物にならない、言ってしまえばゴミと呼んでいい物もあるかもしれません。それなのに「思い出だから」「活用方法があるかも」と言って、何となく物置や棚に適当に詰め込むことをし、そうして1年、2年と時が過ぎても有用性のない物をどんどん溜めこんでいくのです。そのような物に思い出も活用方法もありません。忘れているくらいならば、手放しても問題はありません。

 

習慣や癖も同様であり、これらも無意識でやっていることだからこそ、このような単語で呼ばれているものであり、脳をまったく使わない行動です。そのため、自分にとっての有用性もわからないまま自動的に動いて、その過程も成果も気にしないまま無為に時間を過ごすだけと同じことをしているのです。しかも、ほとんどのことはやめても全く問題のないことばかりです。

分かりやすいところで言えば、何となくテレビをつけてボーっと見たり、何となくスマホを見ていつもアクセスしているサイトやSNSにつながるといったことが挙げられます。楽しんでいるのか何とも思っていないのか分からないまま、無為に時間を過ごすのです。テレビやスマホに限らず、このようなことは多くの人が気がつかないうちに行っております。別にテレビもスマホもなくても生きていくに困らないのに・・・。

 

個人的に一番手放したほうが良いのは「人間関係」です。スマホのアドレス帳には何件の登録がされているでしょう。そして、そのうち1ヶ月以内に連絡をとりあったのは何人いるでしょうか。さらに、1年以上連絡をとりあっていないのは何人いるでしょうか。無駄とまではいいませんが、そんなのは関係がつながっているとは言えません。

「何かあったときに連絡するから・・・」と言われるかもしれませんが、その「何かあったとき」ということは、これまで幾度あったでしょうか。アドレス帳に登録しておいて良かったことは何度あったでしょうか。・・・おそらく、ほぼないと思います。アドレス帳に登録されている人間関係なんて、そのレベルの話なのです。登録しなくても、つながっていなくても問題ないのです。

 

何もミニマリストになろう、ということではありません。単純に管理し切れないものは手放しても問題ないという話です。これまで目の前を通過した物や出来事をすべて持っていては身動きがとれなくなります。その存在によりストレスを感じるようになっているならば、それは手放すチャンスと思ったほうが良いです。

物で言えば邪魔になったり体にぶつかるようになったら捨ててもいいでしょうし、人間関係でも付き合いが面倒になったら距離を置いたり連絡をとらないようにする、というのも1つの手段です。「これまでもあったら、これからもあるべき」なんて考えをしていると物も習慣も関係性も溢れるばかりです。それに、自分がてそれらを手放したところで文句を言われる筋合いなんてありません。自分の意思によって手放すこと、整理整理することを勝手にやってしまっていいのです。

 

但し、手放すときに1つだけ注意して欲しいことがあります。それは「過剰にやらない」ということです。これは物を買う時と同様ですが、何かを手に入れたいという欲求を叶えるとき、そして何かを手放すことを実行するときというのは快楽を伴います。「あれも欲しい、これも欲しい」のように「あれも捨てよう、これも捨てよう」というのは脳に大きな刺激を与えます。

 

手放すときは適度にしましょう。残しておくべき思い出は残し、日常生活に必要なものは残し、ずっとつながっていたい人のアドレスは残し、そうして小さな幸福感をときどき得ることができればそれで良い、という軸は設定しておきましょう。気づかないうちに本当に大切な物を失っていることもあります。

 

何事もほどほどに、ということです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。