アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

たくさん頑張っているのに評価されない理由

アラフォー童貞のODです。

 

人一倍努力しているのに、成果が出ない人がおります。

人一倍頑張っているのに、評価されない人はおります。

人一倍気を遣っているのに、相手にされない人がおります。

 

最近は「他人を気にしない」とか「自分のことは自分が一番分かっていればいい」などという、ある種の自己肯定や自尊心をもつことの大切さを主張する本や考えが多いですが、社会という集団で生きている人間という生き物は、どうしても他人から見た自分とう存在が気になります。そして、なるべくならば良く見てほしいとも思います。

 

それは何かしらの目的を有した集団においては、それに応じた成果に対して個人を評価するものです。その評価次第によって、周囲から尊敬の目で見られたり、落胆の目で見られたり、多くの人たちに囲まれたり、疎外されたりします。

 

これは現代社会に限らず、古代時代からあった話です。狩りをしていた時代においては、当然獲物を多く獲ってきた人が評価され、英雄として崇められました。反対に、誰よりも長い時間荒野を駆けまわっているのに一匹も獲物を仕留められない人は、使い物にならない存在として分け前も与えられなかったでしょう。獲物をどれだけ獲ってきたかという評価基準が明確だった分、現代よりも周囲の目は厳しかったと思われます。

 

時代を現代に戻したとしても、人間の本質というのは変わりません。現代においては多様性が容認されているとはいえ、それぞれの分野においては評価基準というものは定められております。そして、個人の力だけで生きている人はおりません。必ず、何かしらの集団に大なり小なり所属しております。逆に言えば、自分のあり方次第によっては好評価を得ることもあれば、疎まれることもあります。

 

つまり、私たち人間は、どんなに自己肯定を自力で得ることができても、集団で生きる上ではどうしても評価というものを気にせざるを得ないのです。そのために頑張るわけですが、冒頭のように人一倍頑張っているのに、一向に実を結ばない人というのは必ずおります。周囲からも「あの人は頑張っているのに、何かパッとしないよね」と言われてしまうのです。

 

このように頑張っているのに評価されない人は、何が問題なのかというと・・・

求められている成果を出していないから

・・・というだけの話です。

 

これは言い換えると、
他人の期待に応えていないから

という話でもあります。

 

また、どこか「頑張った分だけ評価される」「努力する分だけ報われる」と思っている節があります。さらに、どこかポイントがずれたままひたすら頑張り続けている様子も見受けられます。

 

ひどいことを言いますと、いくら「自分なりの頑張り」をしても評価は得られません。周囲の評価を得たいならば、周囲のニーズに応えられるような頑張りをして、かつ成果というカタチを作らなければいけないのです。「頑張りました。だから評価してください」ということが通用しないのは、現代では子供でも理解できることです。

しかし、やみくもに頑張るだけを繰り返して、まるで「頑張っている自分」に酔っていたり、それを他人に見せつけて、成果も何も出していないのに評価してもらおうとしているのです。

 

「自分なりの頑張り」なんてものは、社会においては何の価値もありません。それが価値をもたらすのは、アイドルやアーティストなどの舞台裏や、著名人らのドキュメンタリー映像くらいです。このような人たちは、しかるべき成果を挙げているからこそ、その頑張っている姿に胸を打たれるのです。成果も何もあげていない人の舞台裏の映像を見たって、正直言って何も面白くありません。

 

それでも「自分なりの頑張り」を評価してほしいならば、成果を出すことだけです。最低限、基本ラインが押さえられていて、求められている一定量のレベルのクオリティを有している成果を出していることが前提です。そこができて初めて、「まあ、よくやったよ。確かに頑張っていたもんな」と基本評価に対して加算されるだけです。

 

これは仕事のお話だけのようにも思えますが、勉強やスポーツなどの努力も同様です。やみくもに「自分なりの頑張り」をするよりも、まずは「自分は何を覚えたいのか」「どのような課題を解きたいのか」「その解の先に得たいものは何か」「どのような動きができるようになりたいのか」「そのパフォーマンスが可能になった先に、チームにとってどんなメリットがあるのか」といったことを定めるべきです。

すると、何を理解ればいいのか、何が分かっていなくて、どのような工程を踏めばいいのか、何の知識が必要か、どこに情報があるのか、どのような筋力や柔軟性が必要か、メンバーとの連携はどうするか、などに結び付けることができるようになります。

 

興味のままに動くことも大切ですが、「好き」とか「憧れ」だけでは限界があります。ちゃんとポイントを定めた頑張りは必要です。となると、「自分はこれだけ頑張っている」から「自分はどのように頑張ればいいか」「何が成果なのか」という視点に切り替えることが大切です。

 

頑張っているのに成果も評価も得られない方がおりましたら、まずは「頑張っている自分を評価して欲しい」という幼稚な考えをやめることをお勧めします。そのうえで周囲に「お恥ずかしい話ですし、本当に今さらですが、私が求められていることを教えてくれませんか? まずはその通りの成果が出せるように頑張ります」と伝えれば、相手だって悪いようには扱わないはずです。しかし、その通りの成果を出す努力には、自分のプライドなんて捨ててしまうことも必要です。

それでも、そこまでの意気込みで臨めるならば、いつか成果が出た時に「ああ、自分なりの努力って無意味ってほどじゃないけれど、非効率だったんだな。そりゃあ、誰も評価しないわけだ」と気づくことができるはずです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。