アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他人が何を考えているのか分からない」は当たり前のこと

アラフォー童貞のODです。

 

「自分のコミュニケーションを見直しそう」と思い立った時期がありました。身近に意識をするようになった女性ができたことがきっかけです。結果として失恋というカタチで終わりましたが、良い機会になったのは確かです。

最初は「アラフォーの自分が今さら見直しても間に合わない」と思いましたが、異性との接し方だけでなく、仕事などでも他人との関わり方の幼さを自覚し始めた時期でもあったので、やるだけやってみようと思いました。

 

具体的に何をしたかというと、まずは自分の話をする割合を少なくしました。それは、人間は自分の話をするのは好きだけれど、話を聞くのは苦手なものということを学んだからです。逆に言えば、相手の話を聞く割合を増やせば、その相手から「この人は自分の話を聞いてくれる良い人だ」と思われやすいという事でもあります。いわゆる「話し上手は聞き上手」ということであり、コミュニケーションの基本として最近は当たり前になっている「傾聴」に重きをおくのです。

 

とはいえ、人の話をひたすら聞くというのは存外キツイものです。どんなに「相手に興味を持ちましょう」ということを頭で分かっていても、聞くだけは飽きますし、内容が全く頭に入ってこないときもあります。それどころか、相手の話の内容によっては反論したりアドバイスをしたりと、口を挟みたくなることもあります。というか、ついつい口を挟んでしまいます。

 

それでも、傾聴をしていると相手のことが分かってくるのは確かです。似たような話を何回か聞いていると、相手の話す内容の一部に輪郭が見えてきます。すると自然と質問もしますし、ときには興味も湧いてくることもあります。

また、これは個人的な感覚ですが、自分の話よりも相手の話を聞く割合を増やしていると、いざ自分のことを話す場面になったときに、その相手もじっくりと聞く姿勢になってくれることに気づきます。私はこれは日常で相手の話を聞くことにより、「自分の話を聞いてくれるためのポイント」が溜まっているからだと考えております。

とはいえ、このポイントは確実に溜まるわけでもないですし、自分の話を聞いてもらうために相手の話を聞くという考えもまた、何だか違うような気がするので、せいぜい「あ、あの人が話を聞いてくれている。うれしい」と思ったときの考えの1つとしております。

 

このように他人の話を聞いてくると、相手のことが分かってくるのは確かであり、徐々に会話の仕方や間のとり方も分かってきます。しかし、1つだけ注意が必要です。それは「相手の考えが分かる」とは思わないことです。

 

ときどき、「あの人はこういう人だから、きっとこういう風に話すはずだ」と何も話していないのに、他人の言動を決めつけてかかる人がおります。これは相手にとってとても失礼なことです。もしも、そのような決めつけをしていると相手が分かったら、きっと「あんたに私の何が分かるんだ!!」と不愉快な気持ちになるはずです。他人のことを分かった気になるのは非常に危険であり、かつ礼節に欠いたことだということは肝に免じておきましょう。

 

また、別な視点として「他人の考えが分からない」「他人が何を考えているのか分からない」ということに悩んでいる人は多いものです。このように書いている私自身、仕事でも何でも他人と関わるのは苦手なほうなので、よく思いますし、よく頭を抱えます。

しかし、他人の考えなんて分からなくていいのです。それは上記でお伝えしましたとおり、他人の考えを分かったと思ったところで、それは相手にとって決めつけに思われることもありますし、実際には「他人の考えを分かったつもり」であることが多いからです。

 

このように書くと「私の身近には、私のことを分かってくれる人がいる」とおっしゃる方もいると思います。そのようなことを否定しているわけではありません。理解者がいるということは幸せなことですし、心の救いになることでしょう。

しかし、あまり盲目的に「あの人は自分のことを分かってくれている」と思うのは、ある種の依存であるようにも思われます。また、他人の考えを分かるということが困難であることは上記のとおりであり、それでも相手が分かってくれると思うのは、それは自分が「あの人は自分のことを分かってくれている・・・つもりになっている」と思い込んでいる可能性もあります。もしかしたら、その相手に聞いてみれば「いや、別にそこまで分かっているつもりはないよ」と言うかもしれません。むしろ、「あの人のことは何でも知っているよ」という人は気持ち悪いですし、何だか怖い気もします。

 

何だか身も蓋もない内容となったことをお詫びします。何も「自分のことは自分が分かればいい」という常套句を言うわけではありません。また、他人に自分を分かって欲しい気持ちも理解できます。

しかし、他人が分からないという悩みと、特定の相手は自分を分かってくれるという盲目さには、それぞれ「お互いの考えを完璧に理解し合うことはできない」とブレーキをかけてほしいと思うのです。そうすれば、悩みも軽減できるかもしれませんし、依存に発展することも防止にもなります。

 

他人のことなんて分からないものです。

何を考えているか分からないなんて普通です。

 

ときどき「あれ、もしかして、この人こういう考えがあるのかも」と気づいて嬉しくなったり、「お、いつも意見が合わない〇〇さんと、珍しく話が合った」と少し共感できた感覚があるくらいが丁度よいのだと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。