アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「多くの人がやっていること」が「常識」や「正解」とは限らない

アラフォー童貞のODです。

 

「社会的証明」という心理学用語をご存知でしょうか? 大まかに言うと、「多くの人がやっているからきっと合っているだろう。ならば自分もそうしよう」というものです。何だか主体性がないように思われますが、実際は多くの人たちが日常でやっていることです。

最初のうちは自分なりの見解や判断のもとで行動しようとしたのに、あたりを見渡すと自分以外の人たちは違うことをしている。しかも、自分以外の人たちはほぼ同じことをしている・・・そんなのを目の当りにしたら不安になります。そうして、自分の判断はさておき、自分以外の大勢の人たちがやっていることに合わせれば、ひとまずは問題にならないはずと考えてしまうのが人間というものです。

 

学生の就職活動なんてものが分かりやすい例ではないでしょうか。同じようなスーツ、同じような髪型、同じようなバッグを携えて企業説明会に行き、自分の興味よりも自分が入れそうな会社に応募して、同じような面接の受け答えをする。

感染症の兼ね合いから就職活動も変わっているでしょうが、スーツと髪型などの容姿だけをピックアップすれば、どの人も代わり映えしないのは変わっていないでしょう。個性が大切と言いつつも、周囲との協調性や控えめさを重んじる日本人は特に、誰が提唱したのか分からないリクルートスーツなる同じ衣類に身を包んで、社会人としての一歩を歩むのです。

・・・と、何もリクルートスーツや現代の就職活動の在り方を非難しているわけではありません。こういうのも1つの社会的証明なんだろうな、と思うという話です。

 

しかし、それでも疑問を呈するならば、それは本来の目的を見失っていることです。すなわち、「周囲に合わせることで、何かしらの問題にならないようにする」が目的になってしまって、当初の目的である「こうしたい」「こうなりたい」「こうしようと思っている」が置き去りになってしまっているのです。・・・と、なんだか抽象的な話なので、また就職活動の例で考えてみます。

 

就職活動の目的は、仕事を探すことであり、職に就くことが第一の目的です。職に就くのは生活のためのお金を得るためだったり、人によっては夢を叶えるための修行のため、あるいは大好きなことで食べていきたいということです。決して、周囲と同じように振る舞って、問題を起こさないようにすることが目的ではないはずです。

もちろん、身なりは大切です。しかし、リクルートスーツに身を包んだ若い人だけでなく、中年層の転職組であっても、どこか当たり障りのない恰好で、当たり障りのない言葉で採用してもらおうとするように伺えます。それは控えめという意味ではなく、「私は普通ですよ」ということを第一にアピールしたいのでは、とも思えるのです。

だからと言って奇抜な恰好をするとか、珍妙な発言をしたほうが良いと言いたい訳ではありません。かと言って就活マニュアルばかりを参考にしても良いわけではありません。面接マニュアルやテクニックばかりを覚えるよりも、これから面接に臨もうとする会社やその業界のことを勉強したほうが優位意義だと思います。

 

人間は社会という集団で生きる生物であり、どうしても周囲と歩調を合わせることを良しとします。それが「当たり前」であり「常識」という価値観を作ります。そして、一方で歩調を合わせない人を「異端」と見なします。

では、多くの人がやっている「当たり前」「常識」が正しいかと言えば、そうとは限りません。就職が決まらない学生を掴まえてダメ出しをする大人がおりますが、それは学校を出たら就職することが当たり前という価値観でいるからです。もしかしたら、その人は世間から見たら「異端」の部類にいるのかもしれません。

では、世間で言う「異端」とは何かというと、例えば学生時代又は学校を出てから起業をする人だったり、しばらくは世界中を旅するような人だったり、あるいは自給自足で生活することを望んだり、稀なケースかもしれませんが働かなくても収入源があって気ままに生活する、なんてこともあるかもしれません。

 

本記事では主に就職活動を例にしてきましたが、学校生活が終わったら就職活動をして会社勤めをすることは多くの人が行っている「当たり前」「常識」ですら、現代においては割と破綻しております。そもそも、多くの求人はあるのに応募数が少ないのも「当たり前」ですし、良い学校を出ても確実に良い企業に就職できるわけでないのも「常識」の範疇になっております。一方で個人でビジネスを興せるのだって「当たり前」になっております。それで生計が立てられるかどうかは別問題です。というか、「当たり前」や「常識」で生計が立てられないということも、良くも悪くも現代の状態と言えます。

 

学生の方々は特に、周囲の大人たちから「常識」「正解」「マニュアル」などという色々な言い回しがある「多くの人たちがやっていること」を押し付けられます。それは若人である、学生の皆さんのことを心配してのことであるとご理解ください。しかし、それが現代においては崩壊していることもご理解ください。というか、就職活動をしていると体感できるはずです。

もしも、「ああ、多くの人たちがやっていることって、常識だけれど正解ってわけじゃないんだな」ということに気づけたならば、その価値観を手放してみるということもあって良いと思います。

例えば「就活マニュアルには、ネクタイは赤がいいって書いているけれど、次は試しにオレンジ色で試してみるか」とか「いっそ、全然興味ない企業に応募してみるか」とか「ひとまず、そこそこの賃金を適当に得て、プライベートで起業の準備しよう」などと、ある種の不誠実さという遊び心があっても良いと思います。

 

まあ、責任はとれませんが、多くの人たち視点でいるよりも、自分視点で物事を決められたほうが人生は楽しいと私は思っております。また、世間の価値観から少し脱すると何だか冒険のようでワクワクします。

 

「これやったら、どうなるんだろう?」という「常識」や「正解」では測れない、多くの人たちがやっていない、誰も分からないことをやってみることを、不安に思うのか、ニヤニヤしながら眺められるのかは自分次第です。どちらが良い・悪いというわけではないのですから・・・。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。