アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「時間をかける」よりも「時間を賭ける」という思考

アラフォー童貞のODです。

 

周囲から評価されたい、特定の人から認められたい、世の中が驚くような成果を出したい・・・このように思う人は少なくありません。これは人間には承認欲求というものが備わっており、特に社会と呼ばれる集団において生存しようとするためには必要な機能と言えます。もちろん、一人で頑張って何かを成し遂げることで満足が得られる人もいるでしょう。しかし、ふとしたときに「これを誰かに見せたい」「褒められたい」「驚いて欲しい」と思うのは自然なことです。

 

さて、自己満足であっても、他人からの評価であっても、そこには成果物や結果がつきまといます。自分の思うがままに何かしらをカタチにして褒められるのは、せいぜい子供だけです。怒られることもあるでしょうが、それも1つの承認と言えるでしょう。

このようなことは、どんなに承認欲求が強い人であっても分かるはずです。それなりのクオリティが保たれて、かつ他人のニーズに沿っていることが前提です。それなりの作業工程を要することは確かです。

ここで「それなりの作業工程を要する」とお伝えしましたが、この点を履き違えている人は少なくありません。その1つとして「たくさんの時間をかければ良いものができる」という勘違いがあります。

 

仕事においても、ずっとパソコンでキーボードをカタカタ打っていて、さぞかし良い提案書ができるのかと思いきや、ただただ冗長で何が言いたいのか分からない内容になっていることはないでしょうか?

2時間もずっとジムで筋トレして、さぞかしパンプアップしたかと思いきや、あまり筋肉に効いた感じもしないうえに、何だか激しい疲労だけが残ったということはないでしょうか?

図書館で1日中勉強していたのに、試しに練習問題でおさらいをしてみるものの、見たことはあるし、勉強したはずのところなのに、ほとんど解くことができないということはないでしょうか?

たくさんの食材を買ってきて、色々と作りたかったのに、結構時間が経っても想定していたよりも品数がずっと少なくなって終わった、なんてことはないでしょうか?

 

これらはすべて「たくさんの時間をかければ良いものができる」「時間をかければ思った成果を生み出すことができる」という思い込みがあるからです。何が言いたいのかと言いますと、たくさんの時間を費やしても、動き方や取り組み方を細かく見てみると、実際には集中せずにダラダラしていることが多いという話です。

キーボードで色々と思案しながら提案書を作っているように見えて、途中から違うことを考えているものです。筋トレの目的は筋肉に負荷をかける・効かせることなのに、やみくもに時間と回数をかければいいと思っている人もおります。勉強を1日していると言いつつも、通知が入るたびにスマホをいじったりすることもあるでしょう。料理も段取りが悪ければ、いくら時間をかけても味も品数もそこそもになってしまうのは仕方ありません。

 

では、どうすれば良いのでしょうか? というと、まずは「時間をかけるだけでは、良い成果(結果)は期待できない」と理解することです。時間をかけても、準備や計画や目的が定まっていなければ、それは時間の浪費です。まったくの無駄ではないものの、非効率であることは確かなうえ、その成果も結果もそこそこで終わります。

 

「時間をかける」ものではなく「賭ける」と思ったほうが良いです。時間は自分の中にあるコインであり、「このコインを〇枚使ったら、確実にその分以上の対価を得るんだ!」というくらいの意思をもつべきなのです。むやみに時間を使えば良い成果を出せると思っている人は、言ってしまえば「コインの垂れ流し」をしているのと同じことです。それに気づかないと「あれ、これだけコインを使ったのに、ほとんど期待したものが得られなかった・・・」と首をかしげて終わるだけの話になります。

 

何も「時間は誰でも平等」といった時間の有限性を説いているわけではありません。どちらかというと、せっかく手元に時間というコインがあるのであれば、それを有効に活用したくないですか?という話です。時間というコインは増やすことはできませんが、人生における成果や結果というものに転換することはできます。そのとき「あのとき、有効にコインを使って良かったー」と思うようになるには、ただ「時間をかける」のではなく「時間(というコイン)を賭ける」という発想をしてはいかがでしょう、というお話でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。