アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「今は誰も信用できない」という時期はあってもいい

アラフォー童貞のODです。

 

現在進行形で身に降りかかっている問題に立ち向かっているとき、長い間解決できないわだかまりがあるとき、理由は明確ではないモヤモヤ感を解消しようとしているとき、どうしても孤独に感じてしまうものです。

このようなときは「こんなに頑張っているにのに、周りは何も言ってくれない!」と怒りが湧きやすいものです。そうならないよう、せめて孤独である気持ちを分かってもらおうと『人に頼る』ということを実践したものの・・・

 

「身近な人をに相談したけれど、話が通じなかった!」

「せっかく悩みを打ち明けたのに、分かったような態度をされた!」

「聞いてもいないアドバイスをされてムカついた!!」

「誰かを頼りたくても、自分と同じレベルで理解できる人なんていない!!」

 

・・・など、人を頼ろうとしたがために、気持ちが解消するどころか逆効果で終わることもあります。このような状態が続いて積み重なると、人は次のような心理状態になります。

 

「もういいや」

「誰かを頼ろうと思った自分が馬鹿だった」

「結局、自分しか頼れないんだ」

「・・・今は誰も信用できない」

 

このような心の声が大きくなり、現在いる環境や関わっている人たちに対して、分厚い殻を作ってしまうようになります。こうなると平然を装っているように見えても、どこか周囲へ冷たい態度をとってしまったり、ちょっとしたことで他人にイラ立つようになります。どんどん壊せない壁にぶつかり続け、脱出できない迷宮をさまようような状況が続きます。事態が解消できないならまだ良いほうで、場合によっては状況がどんどん悪くなることもあります。睡眠や食事の質も落ちていき、健康状態にも影響するようになることもあります。

 

さて、このようなときは、一体どうすれば良いのでしょうか?

結論から言うと、誰も信用できない状態(人間不信モード)になったら「どうしようもない」としか言いようがありません。言これこそ時間が解決するしかないと思います。

 

よく考えてみてください。自分自身がこのような状態になったとき、他人から何かアドバイスや慰めの言葉をかけられたところで、気持ちや感情が好転するでしょうか? また、他人が人間不信っぽくなっているときに、心配した自分が声をかけてあげたところで「心配してくれてありがとう! その気持ちだけで救われたよ!!」などと言ってもらえるでしょうか?・・・おそらく、双方ともにありえない話ではないでしょうか。むしろ、下手したら「何も分からないくせに、分かったような顔するな!!」とか「こっちが心配してるのに、何だよその態度は!!」といった喧嘩になる可能性のほうが高いです。

 

もちろん、孤独を感じている自分のことを気にかけてくれること自体は感謝するはずです。嬉しい気持ちもあります。しかし、それを表現すらできないほどのが「今は誰も信用できない」という状態なのです。むしろ、「今は何も声をかけないで。何に対しても噛みついてしまうから」と距離をとりたい心理でもあります。孤独を感じているというわりに矛盾していますが、そういう状態なのが人間不信モードなのです。

こちらが心配して声をかける場合も同様です。もしも、暗い顔をした相手に労いの言葉をかけたときに「・・・あ、はい」とか「別に放っておいてください」と言われることもあると思って下さい。そのような状態の人は、上記のとおり人間不信モードでありながら感謝とか孤独感とかイラ立ちが混在しているため、気持ちを制御できないけれど、揉め事にならないように、何とか最低限の礼儀としての、結果的に素っ気なく見える言葉を振り絞っていることをご理解ください。

 

では、このような人間不信モードの自分、あるいは人間不信モードの他人を放っておいてもいいのでしょうか? 何か精神を病んだり、不合理な行動に走ったりしないでしょうか? ・・・これについては、どのような結果になろうと自分自身の問題であるし、あるいは他人の問題である、としか言いようがありません。人間不信モードになった結果、どうなるかはその人次第なのです。他人が責任を負う話ではない、というのが私の見解です。

 

それに、個人的には「今は誰も信用できない」という人間不信モードは、ときには状態はあってもよいと思います。これは人間的に成長するために必要とかいう話ではなく、他人の理解が得られないように感じることは誰にでもありますし、そのようなときに自分で踏ん張って何とかしようとするのも人生ですし、「もういいや、こんなのやーめた」と思うのもまた人生です。頑張って見えてくる打開策もあるかもしれませんし、何かが得られる保証もありません。何もかも適当になった結果、生活も健康もダメダメになるかもしれませんし、力が入り過ぎていた自分に気づくかもしれません。

人生は「●●したから(しなかったから)✕✕という結果になった(ならなかった)」なんていう、原因と結果がハッキリ結び付かないことのほうが多いというんは、誰もが何となく実感していることでしょう。ならば、ときには「今は誰も信用できない」「結局は自分は独りきりなんだ」と思うことがあっても自然なことだと思うのです。

 

とはいえ、ずっと人間不信モードというのも、精神衛生上あまり良くはないことも知っていると思います。それならば、まずは「今は誰も信用できない」という自分を受け止めておいて、例え周囲に不快感を与えても、(暴力などに走るなど)最低限の迷惑をかけないことだけ意識して生活を続けるしかありません。

徐々に気持ちが落ち着いてきたならば、それはそれで良いと思います。下手に「自分は嫌な態度をとっていた」と責める必要もありません。むしろ、そのような落ち着いたときにこそ周囲からの言葉に耳を傾けられるため、悩みや問題を相談するタイミングと思って下さい。そのときに「最近、失礼な態度だったと思いますが・・・」と言えば、周囲だって「うん、心配していたけれど、こうして言ってくれて嬉しいよ」と理解を示してくれるはずです。

これは、身近な人が人間不信モードから立ち直りつつあるときも同様です。しばらくは見守りつつも、相談してきたら話を聞くだけで良いというスタンスでいることが大切なのです。

 

何だか他人事のように書いてきましたが、私自身もトラブルが重なると人間不信モードになります。そのようなときはイライラしますし、周囲に「わかってないな・・・」とダークネスな面を出したくなります。しかし、しばらくすると落ち着くことも分かっているので、定期的に襲ってくる「仕事を辞めたい」モードと同じようなものと思っております。さらに「この感情が××月まで続いたら、今いる環境をやめればいいや」というくらいのスタンスでいるので、自分自身に起こった人間不信モードに対して割と容認しております。

 

参考になるかは分かりませんが、ひとまずは「今は誰も信用できない」ということはあるときはある、と思っていただければ幸いです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。