アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「自分の好きにやらせてもらえない」「評価されない」のには、ちゃんと理由がある

アラフォー童貞のODです。

 

誰しも周囲から良い評価をして欲しいと思うものです。これは人間には「社会的欲求」「承認欲求」などといった集団や他者から認めてもらいたい欲が備わっているからです。客観的に見ると面倒くさいと思われる欲ではありますが、この自分以外の人たちから認められたいという原動力があるからこそ、個人のモチベーションになったり、新しい発想が生まれたり、文明が発達してきたとも言えるため、認められたいという欲というのはあながち馬鹿にはできません。

 

とはいえ、認められたいという気持ちばかりアピールしても、それはただの駄々っ子です。他者から認められるためには、やはり適正な評価基準や社会通念に則った結果や成果を打ち出すことが前提ということを忘れてはいけません。どんなに自分が「これは世間が驚くだろう」と思ったところで、それを見た人々が「ふーん」で終ればそれっきりです。場合によっては見向きもされず、認知すらされないまま終わることだってあります。

これは非営利団体で地域活性を目的に活動されている方から聞いた話なのですが、日本にはすばらしい技術を持っている人たち・会社はたくさんあるけれど、全体的に認知度が低いというのです。この原因は色々あり、例えば世間への発信の仕方や技術の活用の場の選定を誤っているといったことが挙げられます。そのため、情報発信の仕方をアドバイスしたり、その技術を活用できそうな分野と結びつけすることで良い方向に前進するのだそうです。もちろん、いわゆる成功と呼ばれるまでにはそこから時間と労力はかかりますが、視点を変えることで認知度が上がったり、日の目を浴びなかった技術が良い評価につながるということは、決して可能性として低くはないのです。

 

さて、その一方で高い技術力があり、情報発信のやり方や他分野との結びつきによって成功の道が見いだせそうにも関わらず、全く前進しないこともあります。言い換えるとモノは良いのに、なぜか世間から好評価も得られないし、その前に認知すらされない状態のまま廃れていくことがあるのです。

この理由は明確です。これは世間に認知して欲しいと思っているのに、それに対して有識者やアドバイザーなどの周囲から助言があるにも関わらず、「いや、自分には自分のやり方があるから」「自分のやりたいようにやらせてくれ」と突っぱねる、という人がいるからです。

 

時々、世の中の商品やサービス、エンターテイメントなどを見て、「何でこんな商品を出したんだ?」「何でこんな変な作品にしようとしたんだろう?」と思ったことはないでしょうか? その前後につくのはおそらく「せっかく、ちゃんとした商品(作品)を出す力量があるのに・・・」と言いたくなることもあります。

このような現象は色々な場面で見られます。要は個人のスキルはあるはずのに何故か成果が出ない人、みたいな状態です。しかも、そのような人に限って自己主張が強く、自分のやり方の正当性を押し通そうとし、それを評価して欲しいと切望するのです。

 

つまり、

「自分の考え方が正しいので、その通りにやらせてください」

「私のやり方でやった結果に対して、良い評価してください」

と言っているのです。

 

いやはや、嫌な感じですね。こんな人が部下や後輩にいたら、さぞかし面倒臭いことでしょう。・・・しかし、このような人は割と少なくありません。

実際、上記のようなことを言う人はいないものの、打ち合わせなどをしていると、目的を達成したり、チームを円滑にしようとするためではなく、自分の考えを採用してもらおうとすることが目的になっている人は存外におります。というか、どんな人でも社会という人間の集団で生きている限り、大なり小なりそのような態度や言動をとってしまうものです。もちろん、このように書いている私自身だってあります。

 

しかし、大抵の場合は多数決で却下されたり、上司や先輩の判断で見送りにされたり、無理に押し通そうとしてもうまくいかなかったりすることで、その時は納得できなくても後から「あの時の自分の考えは間違っていたな」などと気づき、そして学んでいくものです。「自分のやり方でやらせてくれ、そして評価しれくれ!!」というのは大袈裟だとしても、自分の考えに固執してしまうというのは自然なことなのです。大切なのは、うまくいかなかったときに何を学ぶかなのです。

 

そもそも、「自分のやり方でやらせてくれ」ということは、それなりに責任を負うことでもあります。多数決で却下されたり、上司や先輩の判断で見送りされることに不服を抱いて反論する人も少なからずおりますが、そのような態度をとる前に少し考えてみてください。それは「自分のやり方でやって、その過程の一切を引き受けたり、トラブルがあったときに迅速に対応したり、求められていない結果に至ったときに全ての責任を負えるのか」ということです。

 

自分の考え方が通らなくて不満や不服を示すことが多い人は、自分のやり方や考え方が採用されるということと、それによって良い結果が出て周囲から評価されることしか考えておりません。辛辣なことを言うと、プロセスや責任は他人任せに思われているから、その人のやり方や考えが採用されないということを自覚するべきなのです。本当に実力と責任がある人ならば、周囲も「この人の考えならば任せてもいいかも」「よし。こいつに好きにやらせてみて、うまくいかないようならばフォローしてやろう」と思われるものです。そう思われないということは、その人のスキルというよりも、日常の振る舞いなどに問題があるとしか思えません。

 

さて、話が長くなり恐縮ですが、何が言いたいのかというと「自分の好きにやらせてほしい」「それを評価してほしい」というならば、まずは日常における態度や姿勢づくりから整えることが第一と思って下さい。それは挨拶や言葉遣いなどは当然のことながら、まずは相手の求めていることに応じることが前提です。それはつまり、乱暴な言い方をすると「自分の主張をする前に、まずは相手の言い分を聞け」「まずは相手の言うとおりにやってみろ。話はそれからだ」ということなのです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。