アラフォー童貞は〇〇と考える

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なぜ辛いときは、辛い表情をするのか?

アラフォー童貞のODです。

 

辛いときや苦しいとき、私たちは表情が暗くなったり眉間にシワを寄せたりしてしまいます。食事や睡眠も不十分だと顔も身体もゲッソリして、全体的に生気がない状態になってしまいます。周囲から心配されて休むように促されるものの、正常に思考することもできないので、心配の声をうっとうしく思ってしまうこともあります。時には相手に食って掛かってしまうこともあるかもしれません。

 

さて、辛いときや苦しいとき、皆さんは何を思っているでしょうか?

また、なぜ辛いときは辛い表情をするのでしょうか?

 

おそらく、現在進行形で辛い思いをしていたり、苦しい状況にある人にこの質問をすると「そんなの決まっているだろう!!」と反論されるでしょうが・・・おそらく、「それは、あれだ・・・ともかく、お前なんかにこっちの辛さなんてわからないはずだ!!」と明確に回答できないと思います。

 

もちろん、全員がそうではないと思います。自分の辛いことへの原因や苦しい状況が何か明確になっている人だっております。しかし、そのような人たちは原因や状況の把握ができている分、対策も講じることができるため、キツイ思いをしてもゴールはそれなりに見えているはずです。

しかし、意外に「自分が何に辛くて、どんな状況にいるから苦しいと思うのか」を把握・理解できていないものです。そのため、上記の質問の1つめ「辛いときや苦しいとき、皆さんは何を思っているでしょうか?」においては、「何か分からないけれど辛い」「何が苦しいのか分からないけれど、苦しい」という回答になるのではないでしょうか。そして、続けて2つめの質問である「なぜ辛いときは辛い表情をするのでしょうか?」については、辛いことや苦しいことの原因が分からないため、結局「辛い表情をしているのは辛いから」という分かったような分からないような回答になると思います。

 

ちょっと視点を変えて、辛いこと・苦しいことが明確な状態とはどんなときかを考えてみたいと思います。分かりやすいのは肉体の痛みだと思います。例えば、タンスの角に右足の小指をぶつけたとします(想像するだけで痛いです)。すると、私たちは顔をしかめたり、「いったーい!!」と大声やか細い声を出します。そうして、片手あるいは両手でぶつけた箇所を抑えたり、痛まない程度になでたりします。

この一連の流れは、タンスの角に右足の小指をぶつけたというハッキリとした原因を把握し、脳が痛みとしてアラームを鳴らし、そして顔をしかめたり声を発たりと出力して、右足を手で抑えるという対応をしたわけです。このあとは怪我の度合いによっては絆創膏を貼ったり湿布を貼ったり、場合におっては病院に行くこともあるかもしれません。これらも痛みという事象を把握しているからこそ成せる話です。

 

さて、話を戻します。私たちは「辛い」「苦しい」というとき、それを漠然と感じていることがあります。だけれども、社会という環境下においてはどれに対して、何に対して「辛い」「苦しい」と感じているのかは分かりにくいものです。原因を特定しようにも思い当たることが多すぎるのです。だからこそ、ひとまず「辛い」「苦しい」という気持ちを表情や態度により表現するのですが、そこから先の対応策がないため、「辛い」「苦しい」という出口のない負のサイクルを繰り返すようになるのです。

 

では、どうすれば良いでしょうか? 辛い気持ちや苦しい感情を生み出している原因を特定することに力を注げばよいのでしょうか? ・・・いえいえ、何も無理に辛さや苦しさの原因を特定する必要はありません。

というのは、上記でもお伝えしておりますとおり、たくさんの人間が生きる社会という環境においては、辛さや苦しい思いをする要因は、世の中にたくさんありすぎて分からないのが現実です。気分が悶々とするから外に出て気分転換をしようとしても、玄関を出てすぐに歩きタバコの煙をかぶったり、目の前でお隣さん同士が口論をしていたり、急に雨が降ってくるかもしれません。かと言って家に戻ってもまた悶々とする・・・逃げ場なしです。自分の安息の地はどこにあるのだろう、誰か私を助けてと思っても、目の前に楽園に続く扉は出てきませんし、「誰か」駆けつけて助けてはくれません。

 

残酷な話ですが、特定できない辛さや苦しさというのは、私たち人間が生きるうえで避けることができない現象と思ったほうが良いのです。もう人生の中で起きる必須イベントといっても過言ではありません。RPGで勝てない敵に無理に勝利できても、負けたことになってストーリーが展開するくらいの不条理さと思ってください。もちろん、上記でもお伝えしたとおり、辛さや苦しさの原因が明確なこともあります。しかし、それは稀なケースであり、むしろ「辛い原因が分かるイベントだ。攻略可能だ、ラッキー」と思ったほうが良いかもしれません。

 

辛いときは辛いと思って良いです。だって、特定ができないことが多いのですから。

苦しいときも苦しいと思って良いのです。認めることが苦しみの手放す一歩です。

 

しかし、辛い表情をし続ける必要はありません。よくわからないことで苦しいという態度を周囲に伝えることもしなくてもいいのです。感情を認めることは良いですし、その要因を特定できないのはどうしようもありません。しかし、ネガティブな感情を表情や態度に出すかどうかは選択することができます。

 

「何か分からんが辛いけれど、別に表情に出さなくてもいいか」

「原因不明の苦しみがあるが、別に周囲に態度で示さなくてもいいか」

 

こう思うことが大切なのだと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。