アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「何を話したらいいのだろう・・・」と悩むのは、会話にとって大切な姿勢

アラフォー童貞のODです。

 

今でも季節の節目や行事のたびに「彼氏がほしい」「彼女がいれば」といったことを若い人達は言うのでしょうか? イベントの時期になると街中にはカップルが溢れるため妬ましい、惨めな思いをする・・・なんてことは漫画だけの話と思っておりましたが、成人して周りが結婚したといった話を聞く頻度が増えると、あながちフィクションだけの話でもないと思うようになりました。

まあ、それでも焦るといったことはしませんでしたし、30代にもなると童貞かどうかなんて聞かれることもなくなったので、余計に異性とお付き合いをするとかは縁遠い話と思うようになりました。

どちらかと言うと、私の場合は老若男女、立場の違い、顔なじみ or 初対面など関係なく、他者と会話をすることに苦手意識を持っておりました。というか、現在でもテーマがないと何を話せばいいのか分からない、という自分に変わりはありません。

 

私のような会話やコミュニケーションを苦手としている人向けに、世の中には会話力を高めるとか、コミュニケーションスキルを身に付けるとか、雑談のコツといった本や講座・動画などがたくさん出ております。確かに、このような参考書やテクニックなどはためになりますし、私も日常でできそうなことは試しております。しかし、他人の心理をコントロールするとか、こちらの好感度を上げるようなテクニックといったものには興味はありません。というのも、(私も含めて)人間はそもそも誰かに支配やコントロールされることを嫌いますし、一時的に上げた好感度なんて続きませんし何かの拍子に低下すると分かっているからです。

 

そもそも、相手と対話をする理由は「一緒にいるこの時間をどう感じ合うか」か「何かしらのテーマを追求すること」に尽きます。そのため、一方的にこちらの思いを伝えたり印象操作をしても意味がありません。最終的には相手の話を聞く、受け止めるという当たり前の話に行き着きます。「自分が良く思われたい」「会話をするとき自分の気持ちを楽にしたい」という動機を満たすために会話力・コミュニケーション力・雑談力を高めても、誰も得はしないのです。

それでも、世の中の人たちは会話やコミュニケーションとなると「何を話せばいいのか?」と悩んでしまいます。そうして、いわゆる陽キャと呼ばれる人と比較しては、また「自分は雑談すらできない」と自己嫌悪に陥ってしまい、また会話力やらコミュニケーションスキルやら雑談本などに手を出してしまうのです。

 

このように書くと、いわゆる陰キャと呼ばれる人は、まるで会話やコミュニケーションに対しての努力をしても無駄である、というように思われるかもしれません。これは半分はイエスで、半分はノーです。

 

まず半分はイエス、つまり会話やコミュニケーションにおける努力が無駄である理由としては「自分が何を話せばいいか」「どう伝えるのか」ばかりに力を注いでも、それは会話でもなければコミュニケーションにもならない、ということが挙げられます・

確かに話す内容や伝え方は重要ですが、それは言葉のやりとりである会話やコミュニケーションというよりも、プレゼンスキルとしては活用できますが、日常生活においてはあまり使いどころはありません。それどころか、ちょっとした会話や雑談で自分の話ばかりする人はうっとうしいものですし、たくさんの情報を伝えたところで聞いている相手はすべてを理解・吸収しきれません。

 

では半分はノー、つまり会話やコミュニケーションにおける努力は無駄ではないという理由としては、「相手を理解しようとする」という人間関係における基本姿勢につながっているからです。

私たちはどうしても自分を良く見せようとしますが、それは近道であるものの効果としては薄いのです。そのため、自分視点となると上記のように、日常におけるちょっとした会話なのに、まるでビジネススキルのような手法に走ってしまうのです。

しかし、実は「相手を理解しようとする」という努力をするほうが、遠回りであるけれど信頼関係を構築できて、会話もコミュニケーションも円滑になってくのです。具体的には、自分が「こう話そう!」とするよりも、相手が何を考えているのか、何が好き(嫌い)なのか、相手の思考の背景は何なのか、自分とは同じ見解か・違う見解か・・・ということに考えを集中するのです。

抽象的ではありますが、これができるようになると「何を話せばいいのか?」という悩みは減っていきます。なぜならば、相手の話を聞くようになりますし、相手に対して質問をすることになるので、こちらが何かを話すという割合は減っていくからです。「あまり根掘り葉掘りと聞くのは、相手に失礼では・・・」と思われるかもしれませんが、そこは気持ちよく相手が話しているうちは話させれば良いのであって、こちらから質問が出なくなったら「ああ、すいません。●●さんの話が楽しくって、つい色々と聞いてしまいました」と言えば、相手だって決して悪い気はしません。

 

最後に。

自分が良く見られたい、他人との会話を楽にしたいという「自分のため」に会話やコミュニケーションなどを学んでも、向上するどころか余計に自分を苦しめるだけです。しかし、「相手を理解しようとする」という意味で「何を話したら良いのだろう」と考えることは、相手にとっても、そして自分にとっても気楽になるのです。結局、会話もコミュニケーションも相手がいるからこそ成立するのです。もちろん、場面によって自分の考えを伝えることは大切ですが、ちょっとした会話ならば相手が話す割合を多くして、ときどき自分の考えや体験を挟む、くらいが丁度良いのかもしれません。言い方を変えれば、「しゃべるのは相手に任せてしまえ」と思うくらいでいいのです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。