アラフォー童貞は〇〇と考える

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話が通じないのは、話しての伝え方が問題か? 聞き手の理解力の問題か?

アラフォー童貞のODです。

 

会話というものは、楽しいときもあれば退屈なときもあります。思いがけず考えが合致するときもあれば、全く話が噛み合わないこともあります。共通の課題を解決するために協議をしていたのに、いつの間にか衝突していることもあります。

これらのような状況は、会話において誰にでもあると思います。それは家族であれ友人であれ、同僚であれ取引先であれ、クラスメイトであれ先生であれ、初対面の人であれ顔なじみであれ、「誰が」ということを問わずに発生します。

しかも、多くの人は会話に長けているわけではないので、よほど交渉力やプレゼンテーションなどに精通していないかぎりは、その多くの場合は意見が合わない、こちらの考えを分かってもらえない、相手の思考を理解できない、となる状況のほうが多いと思います。つまり、会話というものは話が通じないことが普通であり、楽しいとか以心伝心という状況になるほうが稀だと思ったほうが良いのです。

 

それにしても、なぜ私たちは話が通じないのでしょうか? 

本屋さんにはあんなにもコミュニケーションや雑談といった本が並んでいるし、たくさん買い求めている人もいるようです。インターネット上にだって、たくさんの人に視聴されている会話術やコミュニケーションに悩んでいる人向けの動画もあります。

こんなに会話というものに関する知識やテクニックや考え方が溢れているのに、それでも話が通じないこと、それによって衝突が生じてしまうこと現実があるのはとても不思議です。

 

このような話になると、次のようなことを思い浮かべるとおもいます。特に会話が噛み合わない、話が通じないという状況に陥った直後にあることです。

 

「相手の伝え方が悪い」

「相手の理解力が悪い」

 

・・・と言ったものです。前者は言った言わないの話もありますし、素人に得意げに専門知識を振りかざしたばかりに、結局何を言いたいのか分からなかったという話もあります。要は「こちらがちゃんと理解できるように伝えろよ」という言い分です。そして後者は、「こちらの言っていることが理解できないほうが悪い」という言い分です。

おそらく、こちら側としては相手の話にちゃんと耳を傾けているつもりなのに、それが理解できないということは、相手の伝え方に問題があるという考えになるのでしょう。そして、伝えるときもまた、相手に配慮して工夫して伝えているつもりなのに、それが理解できないとなると、相手の知識不足や理解に問題があると言いたくなるのは仕方のない話です。

 

ここまで読んだ方の中には「そーだ、伝え方が悪いんだ。こちらは悪くない」「その通り、聞くほうの理解力に問題があるんだ。こちらは悪くない」と賛同された方は多いと思います。むしろ会話において話が通じないと、相手にその原因があると思う人のほうが多いと思います。しかし、どうでしょう? 伝えるときも聞くときも、話が通じないときに「こちらは悪くない」と考えているのは正しいのでしょうか? 実は相手も同じように思っているとしたら・・・。

 

おそらくですが、相手もまた「こいつ、伝え方がなってねーな」とか「ちゃんと聞いているのか?」といったように、話が通じないと感じたとき、自分と同様のことを思っていると思います。

表面的には「ごめん、もうちょっと分かりやすく言い換えてもらえる?」とか「わかった、言い方を変えてみよう」といったように、いかにも自分の伝え方や聞き方が悪いかのように振る舞うのです。しかし実際は、多少なりともイラついていると思います。

「いや、そんなことはない」と言う方もいると思いますが、次の機会に相手の話が理解できないときや、自分の言っていることが伝わらないと思ったときに、全くストレスがないかどうか、少しもイラついている自分がいないかを客観的に見てください。おそらく、どんなに平静を装ったところで心は多少なりとも乱れているはずです。

 

つまり、何が言いたいのかというと、私たちは「話が通じ合わない」という、ある種の真実を知っていながら、現実には「お互い歩み寄ろうとしていない」のです。それどころか、話が通じない理由を会話をしている相手に押し付けてしまっているのです。・・・ちょっと極論かもしれませんが、これはどんな聖人であっても他者との会話によって心を乱すことは絶対にありますし、その心の平静を保つために自分ではない別な要因(ここでは他人)を創り上げようとするのが人間なのです。

 

何だか上から目線な考えばかり書いていきましたが、これは当然ながら私自身も同様です。日常に置いて「ったく、話が通じない」とか「やれやれ、この内容が理解できないとは」と言ったように傲慢な考えをしているのです。・・・自分の伝え方や理解力のなさを棚上げにして。きっと、私がいないところで会話をしていた相手も、誰か他の人に対して「あいつ、分かったような態度してるけれど、絶対分かってないって」とか「いつも話が長いわりに、中身がないよな」とか言われているに違いありません。(いや、もう間違いなく)

しかし、それを大きなストレスにしたり、感情的にならないようにするためには、「そもそも人間は会話が下手くそであり、自分勝手に解釈するし、相手のことを考えようとしにくいもの」と思っていると、伝え方も聞き方も考えるようになりますし、いざ相手に対してイラっとしても「まあ、仕方ないよね」と思えるようになります。

 

言葉が扱えるからといって会話が成立するとも思わず、話が通じないのは当然であり、伝え方も聞き方も万能なテクニックはない・・・と考えていれば気が楽ではないでしょうか?

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。