アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他人のことが頭から離れない」という苦しみ

アラフォー童貞のODです。

 

好きな人ができたとき、憧れの人が身近にいるとき、大ファンのアイドルや俳優に夢中なとき、その対象の人物のことを考える時間が多くなります。夢にまで出てくることだってあるでしょう。そのような時間は、後から考えると気恥ずかしいものですが、その期間は確かに幸せだったはずです。もちろん、現在進行形でそのような人もいらっしゃるでしょうし、これからの人だっております。

 

一方、私たち人間は特定の人物のことを考えるとき、幸せではないこともあります。それは「人間関係」と呼ばれる苦しみです。そっけない態度をとられたとか、意見が合わないとか、上司から叱られたとか、思いがけない人から嫌悪感を示されたとか、信頼していた人から裏切られたとか・・・例えを挙げればキリがありません。

 

このような出来事があった直後は、しばらくの間はその出来事に関わった人物のことばかり考えてしまいます。そうして、苦しみとストレスに心身を蝕まれてしまいます。しかも、苦しいとわかっているのに、気づけば同じことばかり繰り返し考えてしまい、さらに精神を病んでいき、肉体も疲れ果ててしまいます。悲しみや怒りがぐるぐると行き場のない循環を繰り返すのです。それでも苦しみの根源である人物を考えたり、その人にまつわる出来事を思い出してしまいます。

 

まず、このような状態になってしまうことをお伝えしますと、そもそも生物は危機的な状況や対象に対して非常に敏感です。なぜならば、危機に対して敏感でないと生き延びることができないという本能が備わっているからです。そして、人間という生物における一番の危機というのは、やはり人間関係なのです。

 

具体的に言えば、それは「孤立してしまう」という危機です。

 

これは自然界において肉体的に弱い人間は、文明を発達させることで種族を発展させてきましたが、それは社会と言う集団があったこその話です。何だかんだ言って、人間は一人では生きることはできないのです。それぞれが役割や立場を担うことで支え合うことが必要なのです。そのためには孤立や疎外は生存率を大きく下げるため、その軸である人間関係において良くないと感じると、危機意識を持つのは当然と言えます。

 

言い換えると、人間関係に危機意識が起きたと感じたとき、それが苦しみとなるのです。また、孤立しないようにするために何とかしようとすることもまた、苦しみを生むということなのです。「嫌われたくない」「相手に不快な思いを与えたのでは」「陰口を言われたショック!」「上司から怒られた・・・評価が下がる」などというのもまた、生存本能から孤立することをおそれるあまり、それらを何とかしようと考えようとするため、同じことを何度も何度も繰り返してしまうのです。

 

このように書くと、「結局、自分が悪く思われたくないからってことじゃん」「人間関係と言いつつも、自分勝手な言い分じゃない?」と突っ込まれるかもしれません。しかし、言ってしまえばその通りなのです。人から嫌われたかもと思ったとき、「相手に不快感を与えたかも」「自分が何かしたかも」というのは、一見すると相手のことを気にかけているように見えますが、その実は自分のことしか考えていないのです。

 

しかし私は、それで良いと思います。ビジネスでも友人関係でもご近所付き合いでも、他人視点のほうが円滑に進むのは確かですし、周囲からも良い印象を持たれます。しかし、他人視点や「他人のために」というのは大切な考えですが、ものすごくエネルギーを浪費します。他人に配慮ばかりしていると疲れてしまうものです。物事は円滑に進むかもしれませんし好印象ももらえたとしても、誰のための人生か分からなくなってしまいます。これだと他人のための人生であり、自分というものはなくなってしまいます。

・・・それは果たして、「孤立してしまう」という状態よりもマシなことなのでしょうか? 孤立してしまうことは生物としての命の危機を回避することは、自分の人生をなくして他人の人生(時間)を優先するほどのことなのでしょうか? 

特に現代は、自分を優先して人間関係が悪くなってしまったからといって、職場や近所などから孤立したところで、ぶっちゃけ生きていくことはできます。それはホームレスになればいいとか、生活保護があるからといった偏った考え方ではなく、職場では職場の最低限の人間関係と役割をこなせばよい、周囲から何か言われても他人に時間のイニシアティブを奪われるくらいなら、多少嫌われてもいい、という考えもあっても良いと言うことです。

 

本記事はあくまで、悪い意味で他人のことばかり考えて苦しんでいる人向けのお話です。他人から何か言われることは絶対にありますが、それをすべて受け止めて何とかするということはできませんし、そのようなことばかりだと自分が好きなこと・やりたいこと・大切なことへの時間を失ってしまいます。

他人から言われた嫌なことの中にも大切なことは確かにあります。それを受け止めることで改善や成長につながることもあります。しかし、すべてではありません。少しくらいは「面倒くさいこと言うな。ちゃんと聞いても何を言いたいか理解できないから、ひとまず聞き流そう」とか「これはこの人の感情でモノを言っているな」と思ったら、多少はスルーし、「はい、ひとまずここでお終い!」と考えないようにすることも必要です。それは自分の人生を大切にするという意味では、生命の危機を回避する手段の1つと言えないでしょうか?

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。