アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

他人を破滅させる簡単な方法 及び そのリスク

アラフォー童貞のODです。

 

ぶっそうな記事のタイトルですが、これは簡単かつ当然の話です。

 

結論から言うと「他人を不安にさせればいい」というだけです。

 

具体的な方法として例を挙げると、対象となる相手に対して不機嫌に接するとか、ぞんざいに扱うとか、他人と態度を露骨に変える、といったものです。

こうなると、その相手は怒りや悲しみといった感情を抱きます。最初は突然の態度の変化に「あれ?」と思ったり、人間なので疲れや機嫌が悪いときがあると思って様子見しているでしょう。しかし、自分にだけ明らかに嫌な思いを与えようとしている状況が続くと大なり小なりストレスは溜まっていきます。相手はきっと心を乱すことでしょう。

 

ここで、「怒りや悲しみという感情は、不安という感情のカテゴリーに入るのか?」「怒り・悲しみ・不安はそれぞれ、別々な感情ではないか?」と疑問に思われるかもしれません。これについては、心理学などの各分野ごとに視点や見解が異なりますので詳細は割愛しますが、私個人の考えとして、怒りや悲しみの根本は不安であると思っております。

そもそも、なぜ不安になるのかというと、それは自分にとって「困る」からです。何が困るのかというと、自分の人格の維持、社会的立場や経済面などの生活、これらの要素も含めて大袈裟かもしれませんが「生命に危機」を感じることです。自分の生命に危機を感じることにより困り、困るから不安になり、その不安が怒りや悲しみと言った表現になるのです。

誰でも日常で困ったり不安に思うのは当然ですが、それは生きているうちは完全なる安定は得られないからです。つまり、生きていることは不安であり、不安であるということは生きていることと思っても過言ではないのです。

・・・じゃあ、他人の態度に対して不安になっても別に良いではないと思われますが、私たちが日常で感じてしまう漠然とした不安とは異なり、特定の誰が特定の誰かに対して不機嫌な態度をとったり、露骨に嫌悪感を示す言動をとったりすると、自分が不安になっている原因が明確になっている分、「この不安を何とかしないといけない、それを解決するための相手は分かっている」と思ってしまいます。そしてそれが、怒りや悲しみといった、自分も相手も周囲も決してポジティブになることはない形で表に出てしまうのです。

 

怒りは対立を生み、関係性を歪め、周囲の環境も悪くします。

悲しみは個人のメンタルを弱め、周囲も接し方が分からずに困惑します。

そうして、1人の人間の不機嫌さを起点に、周囲の人々は不安になっていきます。

 

ここまでを職場で例えてみるとしましょう。

同じ職場のAさんが気に入らないとします。このAさんを破滅させたいと思って、自分はAさんが話しかけてきたら「何です? 今忙しいんですけど!」と不機嫌な対応をしてください。Aさんがよほど強靭なメンタルの持ち主でなければ「お、おお・・・ごめん。また今度にするわ」となると思います。しかし、Aさん以外の同僚と話すときには普通に接したり、フランクに会話をすることをAさんに見せつけてください。きっとAさんは困惑するはずです。

このような状況が続けば、さすがにAさんだっておかしいと思うはずです。そして「おい、こっちが何かした? 気に入らないことがあれば言えよ!!」と怒りをぶつけてくるかもしれません。そうしたら周囲だって放っておくわけにはいかないので、割ってはいたり、こちらに対して「確かにお前の態度は良くないぞ」と言ったり「Aさんも冷静になれよ」と諫めたりするはずです。あとは引き続きAさんを煽るような態度を続ければ良いだけです。

また、これはAさんの精神面が弱かったり、内気な場合はダメージを与えやすいです。誰かに相談したりすることもあるでしょうが、それでも家に一人きりになれば「なんで自分はあんなひどい対応をされるのだろう?」「自分に何か非があるのかな・・・」などと思い悩んでしまうことでしょう。

Aさんがどんなタイプであっても、他人からの態度によって不安が生じて心を乱されると、仕事も生活も人間関係もパフォーマンスが落ちることは確実です。破滅するまでいかずとも、こちらがAさんを困らせて不安にさせようとした目論見は成功しております。

 

このように、人間一人の日常生活や立場を乱すには相手を不安にさせることが有効であり、それは不安にさせるような態度をとるだけで十分なのです。

 

・・・と、なんともひどい内容の記事と思われたことでしょう。

 

しかしご安心ください。このように誰かを意図的に不安にさせようとしたり、他人に対して不機嫌な態度をとったり、特定の人間だけ礼節を欠いた言動をしたりするような人間は、その当人もまた破滅するのです。そもそも、何を思って他人を破滅させたいと思うかは分かりませんが、他人にネガティブな思いを与えるということは、自分自身もその業(カルマ)を背負う覚悟が必要です。他人に火を向けるならば、自分自身もその熱にやられると思うべきです。

 

業(カルマ)とか言うと宗教っぽい話ですが、分かりやすく言えば「不機嫌な態度でいる奴を良く思う人はいない」ということです。それは直接そのような態度をとられた相手だけでなく、遠目から見ている人からみても嫌な思いをするものです。すると「あの人、なんか感じ悪い。あまり関わらないようにしよう」となり、特定の誰かを破滅させることが果たされたとしても、自分がその環境でやりたいことがあったとしても、誰も協力してもらえなくなります。それどころか、気づけば孤立していることだってあります。何だか不毛で、誰も幸せにならない話と言えないでしょうか?

 

しかし、私たちは知らず知らずにこのような他人を、そして自分自身をも破滅させるような態度をとっていることがあります。それはちょっとしたことでイライラしたり、その原因とは全く関係ない人に棘のある発言をしたり、自分だけが大変な思いをしていると悲劇の主人公のように振る舞ったり、いつも愚痴ばっかり言葉にしたり・・・。人間なので少しくらいならば問題ないと思いますが、いつもいつもそのような生き方をしていると、それは身近にいる大切な人のことも破滅させてしまいます。

 

愚痴を言うなと言いませんし、イライラするなとも言いません。しかし、「あ、また愚痴っぽくなった」とか「イライラをぶつけてしまった・・・反省もんだね」と今後の自分を改める態度はあっても良いかもしれません。・・・もちろん、このように書いている私自身も。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。