アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「昔は良かった」という、古き良き時代を若者に伝えたいならば

アラフォー童貞のODです。

 

小説やドラマのリメイクや続編などは、いつの時代でもあるものです。アニメや漫画だって懐かしい作品が再放送ではなく、当時の製作陣と現代のクリエイターたちによって新しい形となって蘇ります。当時を知る人の中には「昔のほうが良かった」「キレイに終わったものを汚さないでほしい」などと色々と思うことがあるでしょうが、それなりにヒットしたり、あるいは静かに終わるだけの話です。終わってみれば、感情的になるだけ無駄だったということに気づくでしょう。

 

さて、このようなリメイク作品などは、その当時の世情や技術を現代にチューニングして現代に蘇らせたり、そのままでも現代でも通じるものは作品のテイストはそのままに一新したりして、今の人たちでも楽しめるよう作り直されております。過去作品をそのまま放送・上映するのは、再放送・再上映になるだけになってしまうため、しっかり現代版として作り直すことが重要なのです。

 

そう、過去のすばらしい考え方やあり方、古き良き時代といったものを現代でも語り継ぎたいのであれば、そのまま流用するのではなく、ちゃんと現代に合わせて作り直したり言い換えすることが大切なのです。

 

しかし、昔を懐かしんで現代をこき下ろそうとする人は少なからずおります。例えば、「昔は良かった」「自分が若い時はだな~」「昔のほうがクオリティが高かった」などと過去と現代の何かしらを比較しては、現代のものにダメ出しをしたがるのです。

このあたりは飲み屋の酔っ払いなどの愚痴みたいですが、実際には何やら社会問題的に取り上げられることもあります。その台頭と言えるのが「若者の○○離れ」というものです。このあたりはネット上でも賛否両論がありますが、これも結局は「昔からあるのに、現代の若者は何故使わないの?」という考えからの言葉でしょう。むしろ、「〇〇離れ」の〇〇の例を見ると分かると思いますが、若者だけでなく多くの人が離れていってしまった理由が分かると思います。(○○を1つ1つを否定する気もないので、本記事では割愛します)

 

何が言いたいのかというと、「昔は良かった」というものがあるのならば、それを現代にも同等のクオリティで復活させたいのならば、現代の人たちにも賞賛されたいのならば、現代版としてリニューアルすればいいのです。また、自分の若い頃を語るならば、現代に例えて語るべきです。それができないならば、時代が変わったということもありますが、単純に考え方やツール・やり方が変わっただけの話です。「昔はポケベルというものがあってだな~」と言ってウケるのは同年代くらいです。若い人だって知っているでしょうが、それをどのように仕事に使っていたかなんて聞いたところで、現代の仕事に活かせるわけもありません。土台となる環境が違うのです。

 

また、「若者の○○離れ」と言いますが、おそらく離れているのは若者だけではないでしょう。タバコなどの肉体に有毒なもの、生活に支障が出るほどの娯楽(ギャンブル系)は離れる人は離れるし、手を出す人は手を出すだけです。むしろ、これらに手を出さない若者は賢明であると思います。さらに、上記のように「昔は良かった」と言いつつ、かつ「〇〇離れ」の〇〇に手を出し続けている年配者のほうがアウトなのでは? と思えます。(まあ、これも言ってしまえば他人事なので否定するつもりはありませんが・・・)

 

古き良き時代、自分が生きてきた時代を若い人達にも知って欲しい気持ちはわかります。しかし、それに耳を傾けてもらえる、見てもらうためには、現代を生きる若い人達にとって理解できる形、興味を持てる形、(言い方はあれですが)得になるものでなくてはいけません。もし、そのようなリニューアルしての伝え方ができないならば、それはもう個人で懐かしむか、理解できるコミュニティで楽しめばいいだけの話と思ったほうが良いです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。