アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

黒歴史はたまに思い出して、悶絶するくらが丁度いい

アラフォー童貞のODです。

 

突然ですが、黒歴史をお持ちでしょうか?

おそらくですが、多くの人は黒歴史があると思います。

 

「若気の至り」「やんちゃだった頃」「厨二病」などと色々な表現(言い訳)はあるでしょうが、黒歴史は何も学生などの若い人に限った話ではありません。社会人になってからだって、おじさん・おばさんになってからだって、白髪だらけのしわくちゃな顔つきになってからだって作られていくものです。

 

そう・・・生きている限りは現在進行形で作られていくもの、それが黒歴史です。それは、その時期の好み、趣味、憧れ、流行などと自身の気持ちのあり方や混ざり合い、"執着"や"業"などが票財貨したものと言えます。

 

黒歴史は作られているときは気にしないけれど、かなり時間が経ってから「うわ、思い出したら恥ずかしい!!」「何であんなことしてたんだろう!!」と思い出すものです。そして、一度思い出すとしばらく立ち直れなくなるくらい悶絶し続けます。もちろん、肉体的にも精神的にも実害は全くありません。ただひらすら恥ずかしいのです。後悔とは反省とは違う、当時の自分としては悪気なく、むしろ正当性をもってやっていた分、消したい気持ちと懐かしい気持ちが混在した恥じらいの1つなのです。

 

基本的に黒歴史として認識するのは本人だけであり、悶絶するのもまた本人です。その当時を知っている知人や友人から「お前、昔〇〇だったよな」などと話しのネタにされるでしょうが、他人が悶絶することはあまりありません。本人と同じレベルで悶絶する人がいたら、かなり感受性が強い人だと思います。せいぜい、現在進行形で黒歴史を構築している人を見かけて「あいつ、こじらせてんなー」と思う程度でしょう。

 

このように淡々と黒歴史のあれこれについて書いている私もまた、黒歴史はたくさんあります。思い出すと体がムズムズしますし、体が硬直して頭を抱えてしまいます。このブログ内の記事を一例とすると、好きな人の私物で自慰行為に及んだことだって、考えてみれば黒歴史です(当時好きだった人にバレたら嫌われるレベルの話でないので、黒歴史と言っていいのか判断に困りますが・・・)。また、その好きな人にどう声をかけようか、ちょっとした見た目の変化を褒めるべきか、自分の振る舞いを変えようとしたことだって、色々と考えれば黒歴史と言えます。しかも、アラフォーで構築した黒歴史です。

もちろん、黒歴史はブログに書かれたものだけではありません。若いころの目上の人への無礼な振る舞いや思い込みでやらかしたことなど、数え上げたらキリはありません。消したい気持ちはあれど、すべて自分が作り上げた黒歴史なのです。

 

さて、黒歴史は思い出すと悶絶する、なるべくなら消してしまいたい・・・と思うでしょうが、私はたまに黒歴史を思い出して悶絶するくらいが丁度良い、と思っております。むしろ、必要なことだと思います。それは過去は消せないとかいう話とは違う理由です。

 

まず、黒歴史もまた、現在の自分自身を作り上げた要因の1つです。例えば、上記のとおり好きな人に対しての痛い行動、性の暴走などはやってしまったと反省することもありますが、それがなければ自身の振る舞いを見直さなかったですし、自慰行為も含めた”性”との付き合い方も考える機会はなかったでしょう。(これはもちろん、好きな人の私物で自慰行為に及んでいたことに正当性を持たせる意味ではありません)

 

また、たまに悶絶するほどの「やっちまった」的なエピソードを思い出すことにより、現在の自分は大丈夫か、同じ過ちを繰り返さないかといった戒めを見つめる機会にもあります。例えば、反抗期なんてものは人間成長に必要なこととはいえ、ある種の黒歴史と言えます。私自身、当時の自分はジョークでやったつもりでも、今にして思えば親に対しての暴力だったと気づくこともあります。そして当時を振り返って、急に暴力を受けたことに親は相当なショックを受けたということも思い出され、胸が痛むこともあります。ちなみにその出来事は1回だけであり、傷や後遺症などはありませんでしたが、何度もお伝えしますとおり、親からすると精神的ショックが大きかったことは確実だったでしょう。今でもそのときの表情は忘れられません。

しかし、そのことを黒歴史として悶絶するほど思い出すことがあると、たまに親に連絡をしてみるかとか、会ったら優しくしようとか思えるのです。向こうはおそらく忘れているでしょうが、その黒歴史があるからこそ、例え親であっても礼儀や立ち振る舞いは必要だと立ち返ることができるのです。

 

・・・と、般的な黒歴史から少し重い話になってしまいましたが、何を言いたいのかというと、何かきっかけで黒歴史を思い出して「うわー、消えて欲しいー」と悶絶することがあっても、それは自分が思うよりも悪いことではないということです。もしかしたら、現在の自分がある要因になっているかもしれませんし、現在の自分がまた同じ振る舞いや行動を繰り返そうとしていることへの天啓なのかもしれない、と思ってみてもよいかもしれません。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。