アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「よそはよそ、うちはうち」・・・結局は自分の時間を過ごすしかできない

アラフォー童貞のODです。

 

「よそはよそ、うちはうち」という言葉があります。他の家庭をうらやましがる子供に対して、親が反論するときの代名詞と言っても良いでしょう。要は「ウチにはないものを欲しがるんじゃない!!」ということです。

何だか子供を突き放しているようで可哀そうと思ってしまうかもしれませんが、現実問題として他の家のあれこれを自分の家でも全てやろうとしてもキリがないため、仕方ないでしょう。それに「よし、うちでもやってみようか!」と親が乗り気になることもあるでしょうが、実際にそれが自分の家庭で定着するかどうかは別な話です。もしかしたら、言い出しっぺの子供が早々に飽きることだってあり得ます。

 

それにしても、「よそはよそ、うちはうち」という言葉は何気に奥深いものがあります。と言うのも、そもそも私たちは別な家庭のあり方を、自分の家庭に適合することはできません。極端なことを言えば、ワンルームマンションにぎゅうぎゅう詰めで暮らしている家庭が、たくさん部屋がある持ち家に住んでいる家庭を真似しようとしたところで、物理的に無理ということは容易に分かると思います。

もしも全く同じ環境であったならば、よその家庭を真似することはできるのかと言えば、全く同じように真似はできるでしょう。しかしそれは、あくまで見た目とか機能性の話だけです。同じワンルームマンションの中で全く同じ間取りに住んでいる2つの家庭があったとして、Aさんの家に大きなテレビがあるのを見て、Bさんも全く同じテレビを買ったとしたら、AさんとBさんの幸福度は同じになるでしょうか? ・・・おそらく、始めのうちだけで途中から同じではなくなるはずです。なぜならば、それは各家庭の生活のあり方が違うからです。言い換えれば「時間の過ごし方」が違うからです。

 

私たちは他人の生活や言動を気にしてしまいます。それは家庭という集団に対してだけではなく、特定の個人に対しても1つ1つ気にかかってしまうことがあります。そうして「〇〇さんは何を考えて、あのような行動をしたのだろう」「〇〇さんはどうしてあのような発言をしたのだろう」「〇〇さんが機嫌悪そう・・・自分が何かしたかな?」などと、あれこれ考えてしまいます。しかし、これは全くもって無意味なことです。無意味な「時間の過ごし方」と言っても良いでしょう。

 

そもそも、私たちがコントロールできる「時間の過ごし方」は、自分の時間だけです。自分だけの時間の中だけしか生きることはできません。逆に言えば、誰もが他人の時間を過ごすことなんてできないのです。

同じ24時間であっても、同じ9時~10時であっても、1人1人の時間の過ごし方は異なります。「同じ環境を共にする」という言葉がありますが、自分と他人が同じ場所にいるとしても、それは同じ時間を過ごしていることにはなりません。同じ場所で同じ作業をしているだけの話です。そのため、他人が自分とは違う場所にいて、何をしているのか分からないという状況になったならば、余計に「時間の過ごし方」は異なるのです。

 

このように他人の時間を過ごすことはできないという事実があるのに、私たちは他人の言動が気になってしまうのです。気になっても明確になることはない、他人の言動やそれにまつわる他人の考えをあれこれと悩んでしまうのです。これは他人の家をうらやましがって「ウチでも~」と駄々こねている子供と一緒です。比較したところで、真似しようとしたところで、対象となる人物(家庭)と同じなんてなれませんし、同調することもできないのです。むしろ、比較して自分ではない・自分には分からないからといって、無理に同調しようとすることは不自然というものです。それこそ心身や生活そのものを壊してしまいます。

 

ではどうすれば良いのかというと、結局私たちは、自分の時間を生きることしかできないということを受け入れるしかないのです。他人の言動や振る舞いを見て気にしたところで、それは他人の「時間の過ごし方」であり、他人の「時間の過ごし方」による結果やあり方でしかないのです。その自分では体感することも理解することもできない「時間の過ごし方」に執着するのは、それこそ時間の無駄というものです。

 

少し抽象的な内容となりましたが、もしも他人の言動などが気になって、そればかり考えてしまうのならば、「よそはよそ、うちはうち」と思ってみてください。そのうえで「よそ(他人)の時間の過ごし方を、自分もしたいの?」と考えてみたときに、自分の時間の一部にも取り入れたいと思ったならば真似すれば良いです。しかし、「いや別に・・・」とか「嫌われたくないから、知っておこうと思う」くらいの話と思うならば、それは別に自分の時間に組み込む必要はありません。それこそ「ま、あの人は好きに過ごしているだけ。自分の時間とは関係ないから、気にしないようにしよ!」と開きなれば良いだけの話です。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。