アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

他人が休んでいるときに働いている自分は素敵なのか?

アラフォー童貞のODです。

 

「働かずに食う飯はうまいか?」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、社会の世情を反映したような表現だと思います。この言葉の由来や元ネタなどは分かりませんが、社会的に生産的な活動をしていないのに生きようとしていることへの皮肉として、言われた人は胸をえぐられるような言葉と言えます。そして働くことへの美学の裏返しであるとともに、働かなければ社会から認めてもらえないという揶揄でもあると言えます。

働くことの定義は定まりませんが、かつては社会において働くことは当たり前であり、働かなければ食べることも生活も成り立たないので「生きるために働く」ということが動機となっておりました。それが社会が発展していくにしたがって「よりよい生活を求める」ことになり、生活の質が一定になると今度は心の豊かさを求めるようになります。そして現代では「生きることの意義」と同列に「なぜ働くのか?」を熱心に考える人たちが多いようです。

このように働くということの動機が曖昧であり、かつ給料が低くてもそれなりに生きていくことができる時代においては、どうしても「なぜ働くのか?」を考えてしまい、そうして働くということを通じて自己を確立しようとしたり、承認欲求を満たそうとするようにもなります。

 

現代においては、社会に貢献することや他人の役に立つことによって自己証明しようとしますが、ここで「たくさん働ければ報われる」「人よりも多くの仕事をすれば認められる」という考えに走ってしまう人は少なくありません。すると、徐々に「休まずに働く自分」「誰よりも働いている自分」に酔ってしまうこともあります。そのうえで他人と比較して、時には「あいつは休んでいるけれど、自分は働いている」という優越感を抱いたり、マウントをとれたような感覚になってしまうこともあります。

・・・お分かりだと思いますが、このような優越感やマウント感はあくまで個人的なものです。「あいつは休んでいるけれど、自分は働いている」の”あいつ”は、別にサボっているわけではなく休日だから休んでいるだけです。逆に言えば、休日なのに働いている人は、何故休日に働いているのかと聞かれても不思議ではないのです。もちろん、休日でも働いている人はそれなりに理由はあるでしょう。これから大事なプレゼンがあるからとか、イベントシーズンなどの繁忙期だからとか、取引先とのトラブルとか、休日に留守を任せた部下からヘルプの連絡がきたとか、色々とあると思います。

 

しかし、本記事でお伝えしていることは、他人が休んでいるときに意図的に働いて、そんな自分が素敵であると思っている人がいることです。・・・しかし、そのような人は素敵に見えるのでしょうか? 私はそうは思いません。周囲はせいぜい「働くのが好きなのね」とか「疲れないのかなー」くらいにしか思わないでしょう。決して「くそー、自分が休んでいる間に追い抜かれたー」というようにはならず、それどろか昨今の人はそこまで競争意識がないため、「あんなに頑張って、どっかおかしいのでは?」と理解されない可能性だってあります。

お仕事が大好きならば良いです。しかし、自分の価値を高めるため、周囲から評価してもらいたいがために、定められた休みに休まず、量をこなすことが良いと思って頑張り続けているのならば、それは長続きはしません。肉体だって摩耗していきますし、認められることもないので心も渇いていってしまいます。

 

いきなり休めとはいいません。無理に休めとも言いません。しかし、評価されるために量をこなそうとするのは良い生き方とは言えません。流星のごとく生きて散りたいという願望がないかぎりは、午前は仕事をしても、午後は自分の時間をもつという考え方をもっても損はしないと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。