アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「そんなレベルでは趣味とは言えない」と否定されても、気にせず趣味を楽しんでいい

アラフォー童貞のODです。

 

仕事で人事にも関わっておりますが、最近は履歴書に趣味・特技欄を見かけなったような気がします。まあ、ハッキリ言いますと経歴や資格などは見ますが、趣味や特技はあまり重視はしておりません。募集をかけた業務内容や将来的に関係するならば興味は湧きますが、そのようなことは過去にありませんでした。

面接官によっては趣味や特技を話題にして相手にリラックスをもたらそうとするでしょうが、どちらかと言うと私は色々と質問しているうちに出る、履歴書には書かれていない背景や業界のイメージなどを知りたいタイプであり、その人の嗜好から入ると逆にその人の仕事に対する姿勢が見えにくくなってしまうため、趣味や特技をキーワードにすることはしません。

人事に対して私のようなタイプが増えているとは思いませんが、履歴書に趣味や特技の欄がなくなりつつあるのは、これから良い仕事をしてくれるかを判断するために趣味や特技はあまり関係ないという世情なのかもしれません。

 

そもそも「趣味は何?」と聞かれたとき、ハッキリと答えられる人は少ないと思います。これはスマホやインターネットの普及により、様々なコンテンツを娯楽として楽しむことができる現代において、特定の楽しみを持つということは逆に稀有だと思います。少し前であればテレビ、さらに前であればラジオといった大衆共通の娯楽があったのと同じです。(もちろん、テレビもラジオも現役ですが)

だからと言って、国民の大半がスマホやインターネットに噛り付いているわけではなく、誰もが個人的な楽しみや夢中になれることはあると思います。単純にそれを趣味と言っていいのか分からないだけなのです。そして他者から趣味を聞かれたときに、実は心の中で「あれが趣味と言えるかも」と思ったのに、いざ口にしようとしたときに「いや、趣味とは言えないかも・・・」としり込みしまうのです。

 

では、自分で趣味である可能性があるのに、それを趣味と言ってはいけないと思うのでしょうか? せっかく好きなことがあるのに、日常でそこそこ取り組んでいることがあるのに、ハッキリと趣味と言えないのでしょうか?

それは、多くの人が「それなりのレベルがあってこそ趣味と言える」と思い込んでいるからです。・・・と書くと、「別にレベルなんて関係ない。別に本人が好きなんだったら趣味って言えばいいじゃん」と周囲はおっしゃるかもしれません。しかし、その周囲こそが趣味に対して高いレベルの保有性を求めているのです。

実際、私も言われたことがあります。趣味は何と聞かれたときに、過去に料理と答えたてちょっとした調理(切る、炒める、煮るなど)を言ったら、「そんなの趣味じゃなくて家事だろう」とか「もっと凝った物は作らないの?」という反応されました。また、趣味というか読書習慣があることをお話したところ、1か月あたり10冊も読んでいないと分かると「その程度か」みたいな反応をされます。

 

とはいえ、私は趣味とか嗜好を伝えたとき、上記のような否定っぽいことを言われても割と平気です。というか、そこで反論したところで意味がないからです。それは、趣味は何かと聞いてきて、それに対して否定するような反応をする人こそ、そもそも趣味がないからそのようなことを言うのです。

もしもその自身に趣味があるのであれば、他人の趣味が何なのかなんて聞き方はしません。趣味があるけれど他人と語り合ったり披露する場面がないもどかしさを知っているはずです。また、そんなことを聞いてる暇がああったら、自分の大好きなことを調べたり家に帰って趣味に興じるでしょう。他人の趣味について口を挟むことがあるとすれば、それはおそらく自分の趣味と同じ、あるいは関連するジャンルであったときでしょう。なぜならば、普段は胸に秘めている趣味を語り合いたいからです。

 

何が言いたいのかというと、自分の中で趣味と言えるものがあれば、個人的に低いレベルと思っても趣味と言っても良いということです。それを否定して来る人がいても、その人の否定によって、自分の趣味の質は下がることはありませんし、その趣味に対しての「好き」という気持ちだって落ちることはないはずです。言わせておけばいいのです。

また、自分と類似の趣味の人に出会ったときには、まずはその相手に存分に語ってもらってください。それだけで同類の人との関りができますし、自分が低いレベルと委縮していても受け入れてくれるはずです。関係が深まれば、より質の高い技術を教えてもらったり、交流によって新しい楽しみを得られるかもしれません。

 

自分が楽しめればOKなのが趣味です。

趣味なんて自分勝手であって良いのです。

 

ちなみに、上記で読書について否定された経験を書きましたが、私は同じ本を2周以上読みますので読む冊数自体は少ないです。知識を定着させたいときには5周以上読むこともあります。飽きないかと思われるかもしれませんが、それこそ好きで読んでますし、毎日10~15分でもコンスタントに読んでいれば可能です。

何だか弁明するような感じの補足ですが、自分のあり方を他人から否定されたときに、その相手は背景を知らないまま判断してくることもあるのです。他人の否定に対して反論しても意味はない、というのはこういう意味もあります。以上、蛇足でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。