アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

世の中に「かわいそうな人」はあまりいない。それは自分も含めて。

アラフォー童貞のODです。

 

「こんなに頑張っているのに、何で誰も分かってくれないんだ」

「自分がやっていることを伝えても、素っ気ない反応をされる」

 

・・・と感じることはあります。

それが高じると・・・

 

「頑張っても報われない・・・」

「自分は孤独なんだ・・・」

 

・・・という負の気持ちが湧き上がってしまい、ふさぎ込んだり、誰も信じられない気持ちでいっぱいになったりします。少し固い言い方をすると「自己憐憫」ということであり、少しかみ砕いて言うと「自分ってかわいそう」と思うようになるわけです。

 

このように他人事に書いております私も人間ですので、「自分ってかわいそう」と思うことはあります。例えば、仕事で職場のためにと思ってやったのに思った反応が得られなかったり、それどころか思わぬ反論や攻撃を受けたとき。そんなときに「頑張ったね」とか「大変だったね」などと言ってくれる人はおらず、大抵の場合は孤独と悲しみがまとわりつき、何日も暗い気持ちで過ごすこともあります。

 

しかし、「自分ってかわいそう」という気持ちは続きません。怒りの感情もそうですが、同じ日々を繰り返しているといつの間にか消失してしまいます。その理由は色々ですが、それこそ「自分ってかわいそう」と思う背景となった仕事が見直されたり、急にやることが増えて自己憐憫に浸る暇もないほど多忙になって、家に帰ったらガクっと寝てしまうことで気分が変わることもあります。

 

そのような自分を振り返って思うのは、「自分ってかわいそう」と思ってしまうのは、その根本に周囲から評価されたい、認めてもらいたい気持ちがあるからです。わかりやすく言えば「こんなに頑張っている自分をほめて!!」という承認欲求なのです。それも可能であれば、自分が「この人にほめて欲しい!!」という特定の人からお褒めの言葉をもらいたいわけです。それが贅沢ならば、せめて同僚やチームメンバーなどの身近な人たちで良いので認めてもらえれば満足できます。そのようなことが一向に叶わないので、空回りしている自分の気持ちが空回りして「自分てかわいそう」となるのです。

 

何だか責めた物いいですが、このような気持ちになるのは普通です。改めてお伝えしますと、このような記事を書いている私自身もあるから分かるのです。そして周囲を見渡せば、誰もが定期的にこのような状態になっていることに気づくはずです。誰もが自分なりに頑張っても認められないことがあり、見てもらえないし、褒められることもなく、場合によっては「褒めて欲しい? それはお前の役割だろ? 何言ってんだ?」みたいなことを鼻で笑われて終わることだってあります。

 

しかし、ここで視点を変えてみると、誰もが「自分ってかわいそう」とか「自分を褒めて欲しい」などと思うということは、それが標準であり普通であると言えます。つまり、相対的に見ると、自分も含めて世の中に「かわいそうな人」というのはいないという話になります。まるで「賃金水準が低い国の国民は貧しくない」とか「みんな同じなんだから黙っていろ」みたいな言い分ですが、孤独感を味わうのが自分一人じゃないと思うための気づきとしては悪くないでしょうか?

 

孤独感を味わうのは苦しいです。「自分ってかわいそう」と思っているときは誰もが信じられなくて涙が出そうになる(出てしまう)こともあります。そこで「自分よりも大変な人はいるはず」と無理にポジティブに思う必要はありません。孤独と思うときは孤独を感じれば良いですし、自己憐憫に浸りたい夜だってあるでしょう。それはそれで自分という存在の精神を維持・向上するためには必要な工程です。

しかし、いつまでも孤独感を抱いたまま、「自分ってかわいそう」という気分のまま生きることも苦しいものです。どこかで脱却したほうが良いです。ここで無理に前向きにならなくても良いです。前向きになるのも膨大なエネルギーを要します。前向きに考えるためのコンディションは必要です。

 

上記のとおり、私も孤独感や自己憐憫になることはありますが、このようなときは疲れていると思うようにしています。そのため、まずは睡眠をとる時間を長くとるようにしてます。それで可能な限り脳をクリアにするのです。そして次に食事を腹八分目までとります。暴飲暴食は肉体にダメージを与えますし睡眠に影響します。そして、疲れも少なってきたら徐々に軽く息が切れるくらいの運動をすることもしています。日常で運動はしてますが、孤独感や自己憐憫に陥ってるときは激しい運動は控え、軽く散歩するようにしています。過度な運動は疲労を招き、余計に「こんなに頑張っているのに、どうして人生がうまくいかないんだ」となってしまいます。そのため、まずは睡眠と食事から肉体を回復させてからの運動と思っているのです。

 

このように、生物として必要なことを行うことで体のコンディションを整えると、前向きに考えるまではいかずとも、孤独感や自己憐憫に視点がいきにくくなり、むしろ楽し気なことに目を向けやすくなります。そうなったときは、その楽しそうな方向に素直に目を向ければよいのです。そして、ときどき孤独感や自己憐憫が陥って「自分ってかわいそう」って思ったならば、また肉体を回復させる・・・という繰り返しだと思うわけです。それが人間のあり方なのかもしれないのですから。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。