アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他人の責任」なんて背負わなくていい

アラフォー童貞のODです。

 

「他人が気になる」という人は多いですが、これには2つタイプがあります。

 

1つ目は「他人から自分がどう見られているか」

2つ目は「他人に対して自分がどう思うか」

 

単独では生きていけないのが人間ですので、生きていくうえで人間関係は切っても切り離すことできません。そのため、生きているうちは「他人が気になる」ということがあっても仕方ないのです。

そのため、「『他人から自分がどう見られているか』が気になる」ということで苦しんでいたとして、「『他人からどう見られているか』を気にする自分を何とかしたい!!」と思ったところで、残念ながら何ともならないのです。大なり小なり、必ずどこかで他人からの目線は気になってしまいます。何とかしようと躍起になるよりも、他人からの目線を気にするのが人間にとっての標準仕様、と諦めたほうが良いのです。

 

また、2つ目のように、他人の1つ1つの言動や生き方を気にして苦しむ人もおります。そこで「『他人に対して自分がどう思うか』という自分を何とかしたい」と考えて、別なことに打ち込んだり、メンタルトレーニング方法を探すよりも「『他人に対して自分がどう思うか』という自分がいても問題ない」「気になるものは仕方がない」と受け入れたほうが実は気楽なのです。例えば、街中でセクシーな格好の女性がいたとして、それを横目でチラチラ見ては「スケベな奴だと思われたら駄目だ・・・でも気になる」と葛藤するよりも、「おお、何てエロい女性なんだ。眼福眼福」とじっくり眺める人のほうがいっそ清々しくないでしょうか?

 

このように、「他人が気になる」ということは生きているうえで自然なことであり、それを何とかしようとか否定しようとすると逆に苦しくなるだけです。確かに他人を見ることによって「自分なんて・・・」とか思ってしまうこともありますが、それだって見方を変えれば自分の現状確認であり、そこから「自分はこのままなんだ」と思っても、、「あの人のようになりたい」と思っても、「自分は違う方向性に行けばいいし」と思うのも自由です。他人を気にするということをきっかけに、自分のあり方を見直しているだけの話です。他人を気にし過ぎることも問題ですが、他人を気にしないようにし過ぎるのもストレスになってしまいます。

 

但し、他人のことを気にしないというより、「他人のことを気にする必要はない」ということはあります。それは、他人の大変な現状や他人の抱えているストレスを、自分のことのように気にしないことです。言い換えると「他人の責任」を背負う必要はないという話です。

以前よりは軽減したものの、私は「他人の責任」を背負ってしまう癖があります。要は「他人が大変だから、自分も大変でなくてはいけない」と思い込むことです。そこで自分で手伝えることがあれば相手に声をかけますが、実際に手伝えることなんて少ないものです。また、相手からしたら手伝って欲しいとも思っていないものです。逆の立場で考えると分かると思いますが、本当に大変ならばヘルプやサポートを要請しますし、多くの人は意外に大変と言いつつも「なるべく自分の力で頑張ろう」と思うものです。

つまり、先方からの援助要請がないところに良かれと思って手伝おうとするのは、相手にとって迷惑になることだってあるということです。そこで無理に手伝おうとするのは、何もしていない自分が嫌で、その落ち着かない気持ちを解消しようとしているのであって、決して相手のための行動となりません。

もちろん、「何か困ったことがあったら言ってね」とか「無理しないでね」とか「応援しているね」といった声掛けはあって良いと思いますが、よほど見ていられない状況でない限りは、基本的には何もしなくて良いと思います。

 

では、大変そうな他人を見たときは、どういう心持ちで入ればいいのかというと、 それこそ「他人のことを気にする必要はない」という心持ちでいるしかありません。だって、やることがないのですから。

 

そもそも、やることがないのに気にしているのは、何もしていないのと同じです。大変な状況の相手からしたって、憧れの先輩などから「頑張って」と言われればテンションは上がるでしょうが、そうでない人から「あなたのことを気にしていますよ」と言われたところで「ああそう」となるだけです。その大変な状況の相手にとっては、それはただの言葉であり、何もしていないのと同じなのですから仕方ありません。

 

それならば、いっそ自分の時間を悠々自適に過ごしても同じということではないでしょうか? 奥のデスクでヒーヒー言っている同僚やバタバタしている他部署の状況を見て「大変そうだな」と思っても、同僚や他部署からの応援要請がなければ、もはや自分の時間を過ごすくらいしかやることはありません。いくら他人の状況に頭を巡らしても何も解決しないならば、自分の時間を過ごしてOKということです。勝手に「他人の責任」を背負ったところで、むやみに首を突っ込んでも邪魔なだけです。こちらが「他人の責任」を感じたところで、当事者たちにとってっは1ミリグラムもありがたみはありません。

 

というわけで、他人のことが気にするのは仕方がりませんが、「他人の責任」を背負う必要ありません。無駄というか迷惑にもなりかねませんので、それを理解できたならば、とっとと自分の時間を過ごすことに切り替えたほうが良い、というお話でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。