アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「つまらない」から「楽しい」となる境目

アラフォー童貞のODです。

 

世の中には楽しいことがたくさんあります。しかし、それを全て楽しむには時間が足りません。だからこそ、短い時間でもなるべく楽しいという感覚を味わいたいと思うものです。

しかし、期待していたほど楽しくなかったり、お勧めされた試したものの面白さが見いだせないということもあります。このようなときほど、すでに楽しいと分かっているものや確実に面白いと思っているものに手を出してしまいますが、これは何も責められた話ではありません。いたって普通のことです。

初めて何かをやってみたとき、大抵の場合は面白さが分かりません。それは「やり方がわからない」あるいは「何をやっているのか理解できない」ためです。逆に言えば、楽しくない・面白くないというのは「やっている実感が掴めない」ということです。自分が楽しくない・面白くないと思っている対象に問題があるのではなく、自分自身に問題があるわけでもありません。双方に歩み寄りが必要なのです。

 

これって何だか人間関係みたいではないでしょうか? 最初は「話しかけやすそう」と思っていたのに些細な雑談だけで「結構冷たいかも」と思ってしまい、それでも関わってみたら「何だ、話せる人じゃん」と思ったり。これも相手との関わり方(やり方)が分からないことが原因であり、「ああ、この人はこういう人なんだ」とほんの少し分かれば会話も楽しくなってくるものです。

また、自分の家族や友人などの関わった時間が長く、どのようなスタンスで接すればいいのか分かっているので気楽です。時には親身になって話を聞いてくれますし、楽しくなるとずっと語り合っていたいとも思います。日常でつらいことがあったとき、このような相手がいることは良い逃げ道になります。

日常における大抵は人間関係であり、そのつらい原因もまた関わり方(やり方)が分からなくなったためです。そこに接し方がすでに分かっていて、自分の関わり方(やり方)でも受け入れてくれれば、そこには人と関わっているという実感をもてるようになります。

 

このように、何事も始めのうちは楽しさが分からないのは当然であり、やり方を覚えていくうちに対象と自分との距離感が短くなって、楽しさが分かるようになってきます。楽しくないと思うことがあれば、それは単純にやり方が分からないだけの可能性があります。そして、やり方が分かるようになる・楽しいと感じるようになる時間は定まっていません。人によって時間にバラつきがあります。そのため、同時期に何かを始めたAさんとBさんがいたとして、Aさんはすぐに楽しそうにしていても、Bさんが楽しさを理解できないからといってBさんはAさんを妬む必要はありません。反対にAさんはBさんんに「何で楽しさが分からないの」と詰め寄るのも話が違います。

 

短い時間でなるべく多くを経験したい、多くを楽しみたいという気持ちは理解できますが、大切なのは、すぐ楽しくなることでも、すぐにやり方を覚えることでも、短時間で理解できることでもありません。人間関係のように関わりながら、徐々に自分の中で「馴染みのあるもの」にしていくことです。

馴染みのあるものになっていくと、楽しいまでいかなくても、少しずつ自分の中で「やっても悪くない」「そこまで時間の無駄とは思わない」レベルになっていきます。それは自分の中で馴染んでいく過程でコントロールできる部分が増えていくからです。自分の中でコントロールできることが増えると、そこから試行錯誤ができるようになります。このようなコントロール感と試行錯誤の可否があるかないかによって、物事は楽しくもなるし、つまらなくもなってしまうのです。

 

回りくどい文章となりましたが、ちょっとやってみてつまらないと思っても、もう少し関わってみれば楽しくなるかも、ということです。それは他人と比較するものではなく、自分の時間の中で体に馴染ませていき、徐々にコントロール感を掴んでいくものです。そこから「こうしてもいいのでは?」といった試行錯誤ができるようになると、最初はつまらないと思っていたものが、いつしか「好き」になることだってあるのです。

 

とはいえ、ストレスになるほど我慢しろとまでは言いません。良いところで自分には合わないと思うのだって、ある種のコントロール感と言えばそう言えますので・・・。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。