アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

若者に昔話でマウントをとろうとしない

アラフォー童貞のODです。

 

いつ寿命を終えるのかは分かりませんし、どこで人生が途絶えるのかは想定不能です。そのようなことがふと頭に浮かんでしまうと、漠然と不安になったり考えても仕方ないと思ったりします。

・・・と、このようなことを独りで勝手に考えてみるものの、何だかアラフォーというのは中途半端な位置づけです。色々と経験を積み重ねてきた自信はあるものの、20代や30代の人たちよりも体力も回復力も劣ります。また、自分の倍以上生きてきた人たちも現役で活躍できている時代ですので、世間から見れば若輩者に見られてしまうこともあります。

まあ、上を見ても下を見てもキリはありませんが、とりあえずは体力や回復力は食事や運動などで年齢に応じてカバーできますし、年齢が上の人たちに経験や熟練性の差が埋まらないというのは仕方ないと割り切るしかありません。それに、体力や回復力があることは良いですが自分の生き方に活かすことが大切ですし、年齢が上であることが必ずしも社会に寄与しているかどうかは話が違います。ともかく、アラフォーになったからには、アラフォーの立ち位置や今の自分のまま生きるしかないのです。

 

しかし、アラフォーという年齢になって決めていることがあります。それは、自分よりも若い人たちに対して、昔の話でマウントをとろうとしないことです。

 

たまに「今の若い人たちは知らないだろうけど~」とか「そういえば昔、●●ってあったけど、・・・ああ~今の子たちは分からんか~」とか「自分が若いときはだな~」といった感じのあれです。よく会社の中高年のおじさまが雑談や飲み会の席などで言いがちな台詞であり、誰もが耳にしたことがあるでしょう。

 

ハッキリと申しますと、若い人たちは昔話なんて聞きたいと思いませんし、興味もそそらないので普通に不快なだけです。よほど憧れの先輩や大企業の役員の話でもない限り、おそらく心の中で「あ~、はいはい。また昔自慢ね」と思っていることでしょう。

 

特に人間は他人の話を聞くよりも自分の話を聞いて欲しいものです。昔話を話している中高年の方々は、相手が年下という目下であることをいいことに語れるでしょうし、いかに自分が色々とモノを知っていると誇示できて楽しいでしょう。若い人たちも雑に対応できないので、聞いているフリをしたり、相手によってはヨイショまでいかなくても持ち上げるような相槌をすることだってあります。それに対して、昔話を語っている側は「お、自分の話が楽しいのか」「昔のことを知っている自分のことをすごいと思っているのか」と勘違いして(いるかどうかは分かりませんが)、どんどんマウントをとるかのように「そうかそうか、若い人は知らんかー。がっはっは」と語り続けてしまうわけです。

 

・・・とまあ、ここまでは完全に憶測です。中高年の方々だって若い方々に何かを伝えたい気持ちがあるでしょうし、若い方だって昔の話から何かを学び取ろうとするでしょう。あるいは、つまらないと思っていても、今後のことを考えて一生懸命に興味があるようなふりをして打算的に耳を傾けているのかもしれません。真偽のほどは不明です。

 

とはいえ、自分がやられて嫌なことを他人にしない方が良い、という観点からいけば、私は聞かれてもいないのに「若い人は知らんだろうけど~」とか「自分のときはもっと大変だったんだぞ」などと昔話に花を咲かせたくはありませんし、望まれてもいないのに昔話とう花をまき散らしたいとも思いません。散らかった花びらを片付けるのは若い人たちです。私の話でグッタリさせるくらいならば、職場ならば仕事にエネルギーを費やして、飲み会ならば好き勝手に楽しんでくれれば良いと考えております。

 

そもそも、自分の年齢や役職をもって昔話をする人、若い人たちに過去の出来事や経験でマウントをとろうとうする人たちは、そのくらいしか誇れるものがないと思ってしまいます。今の立場や年齢の自分に自信がないから、相手が確実に知らないであろう昔話を取り出して有意性をとりたいのです。今の年齢に至るまでに誇れる経験や積み上げてきた努力や成果がないから、何かを探した結果としてどうでもよい昔話を取り出してしまうのです。

 

何も昔話をする人を馬鹿にしているわけではありませんし、改めてお伝えしますと本記事はただの憶測です。昔話をするのは楽しいですし、自分の内から出る話題ですので語りやすいから仕方ありません。しかし、若い人たちが聞いてくれると分かっていても、自分だけが楽しくなるために昔話をするのは客観的に見ていたたまれなくなります。それに、生きている「現在」のこと、これからの「未来」の話を語ることだって良いのです。また、信頼関係ができているならば、若い人たちに過去・現在・未来について見解を語ってもらう機会を増やすのも良いと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。