アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「バカの相手をすると疲れる」と思うのは傲慢なのか?

アラフォー童貞のODです。

 

他人に何か教えているとき、フォローやサポートをしている途中のやり取りなどから、相手に対して「・・・バカの相手をすると本当に疲れる」と思ってしまったことはないでしょうか?

 

このように書いている私はあります。10人中9人が理解できていることを1人が理解できなかったり、話し合いの途中で納得できない1人のために説得にかかったり、担当外のトラブルに対応しているところに原因となる当人がやってきて勘違い発言をしたり・・・例え話を挙げるとキリがありません。

そうして、このようなときは自分の内側から黒い感情が湧き上がり、そうして事態が進行してるときでも一区切りしたあたりでも、ふと「はあ・・・バカの相手をすると本当に疲れる」と思ってしまうわけです。

 

ここで言う馬鹿というのは、お勉強ができないという意味もありますが、そのような土台の不足も含めて理解できないこともあります。また、相手が頑固になったり執着心や思いが強すぎて話し合いにならないこともあります。あるいは常識外の行動をしたり、礼儀に欠けた言動をするような人も含めております。まあ、色々なバカが世の中にはいると思って良いでしょう。

 

何だか上から目線な発言ですが、上からも下からもありません。単純にこちらがバカと思っている相手、つまり知識や理解力、価値観などが合わない相手と対峙することは、相手もまた同様に思っているのです。相手からすれば「もっと分かりやすく言えよ。頭良さそうな言葉ばっか言わねーでさ」とか「ホントこいつ、頭かてーな」とか思っているかもしれません。場合によってはお互いにバカにし合って、お互いに「バカの相手は疲れる」と思っているかもしれないのです。

 

何だか相手に対して「バカの相手は疲れる」なんて思うのは傲慢な感じはしますが、私はそこまで傲慢でもないと思います。それは上記のとおり、お互いに感じ合っているわけですしお互いに価値観をぶつけ合った結果でもあるからです。

また、このようにお互いをバカと思っていても、それでも理解してもらおうとしたり、分かってもらおうとするのは大切なことです。そこでエネルギーを消耗して疲れてしまうのは仕方ないと思います。「伝わらない疲労」とでも言えばいいのでしょうか、これが短時間でも蓄積されると、自制心は低下して相手のことをバカにしたくなるのも自然なこととも言えます。

 

そして他人とやり取りして、伝わらない疲労が溜まっていくと、それに携わっている時間が無駄に思えてきます。つまり「時間を盗られた」という感覚になるのです。人間は無意識に無駄な時間を過ぎしていることが多いですが、それでも時間を自覚している間は時間を貴重なものと感じます。そこに無駄と感じて他人の対応に時間を割かれると、イラつくのも仕方がないと思います。自分の貴重な時間を他人に盗られたという感覚になった1つの表現として「相手はバカなんだ」という落としどころを設けているのかもしれません。

 

極端なことを言えば、テーマや目標・ゴールが定まっているのに他人と話が噛み合わないままに貴重な時間を浪費していき、かつ疲労感も募っていくと、私たちは「生命の危機」を感じるのでしょう。「バカの相手をすると疲れる」とでも心の中でも思っていないと精神が保てないのだと思います。

 

他人を見下す意味でバカにするのはよろしくありません。しかし、真剣に対面しても理解し合えないときに、疲労感が積もり、かつ不毛な時間を過ごしたと感じたならば「バカの相手をすると疲れる」と、ふと頭に浮かんでしまっても仕方ないと思います。そこで「いやいや、こんなことを思ってはいけない」と考えるよりも、「うん、一生懸命に相手と話をしたからこそこう思うんだ」と考えたほうが健全です。

少しくらいこのような考えが頭に浮かんだところで、口にしない限りは誰も傷つきません。少しくらいは思ってもいいじゃないですか。それに再度お伝えしますが、相手だってこちらに対して同様のことを思っている可能性もあるので、お互い様なのです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。