アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

遅れを取り戻そうとせず、「今の自分からスタート」する

アラフォー童貞のODです。

 

日課や習慣があるけれど、状況によっては中止せざるを得ないことがあります。例えば、毎日ランニングをしているけれど、あいにくの大雨で外に出ないほうが良いとか。決まった時間に読書しているけれど、急に電話がかかってきて相談を聞く流れになってしまったとか。

日課や習慣とは違いますが、プレゼンの当日に体調を崩してしまい会社を休まざるを得ないこともあります。また、一生懸命に練習してきたスポーツの試合の当日、天候や交通などの事情から会場に到着できず・・・ということもあるでしょう。

 

このように、人生は何が起こるか分かりません。予定や計画を立てたところでその通りにいかないことが多いものです。だからといって予定や計画、そして準備や練習は必要ないという意味ではありませんが、自分なりに「こうしよう」「こうするつもりだ」という方針や期待がなければモチベーションは維持できません。

そのため、上記のような事態になったとしても、誰もが仕方ないと思うでしょう。それは日課や習慣の場合であれば、それを続けている自分自身だって天候や電話をかけてきた相手に若干の不満を抱くでしょう。しかし、天候はどうしようもありませんし、相談のために電話をかけてきた相手を無下にすることもできません。自分自身もまた仕方ないと思うしかありません。

 

とはいえ、やはり少し割り切れない気持ちは残るでしょう。せっかくモチベーションを持って取り組んでいることや、目標を持って続けてきたことなので、想定外のこととはいえ中断されるとモヤモヤしてしまうのは仕方がありません。何とも仕様もない気持ちを抱えて再開できるタイミングを待つしかありません。

 

しかし、再開できるタイミングになったとき、注意しないといけないことがあります。それは「遅れを取り戻そうとすること」「巻き返そうとすること」「先に進んでしまった人たちに追いつこうと焦ること」です。

 

これらを考えすぎると、質よりも量を追求するようになってしまいます。これはデメリットしかありません。例えば、走れなかった分の距離や時間を追加してのランニングメニューにしたとして、果たして取り戻すことはできるでしょうか? 

毎日1時間のランニングを5日間続けて得られた成果(肉体の成長)があるとしましょう。しかし、天候不良で1日だけ走れなかったため、4日間のうちの1日は2時間走ったからといって、そこで毎日1時間を5日間ランニングした結果と同等になるでしょうか? ・・・このように書かずとも、感覚でもお分かりと思いますが、通常よりも肉体に負荷をかけるだけで終わるだけです。下手をしたら2時間のランニングにより肉体を故障する可能性もあります。

 

これは読書にも仕事にも言えることです。前日に1時間の読書ができなかったから、今日は2時間読書しようとしても、「本を読んで成長しよ」「本を読むのが楽しい」ではなく「読まなきゃ」「昨日読めなかった分をリセットしなきゃ」という意識ばかりで集中力は保ちにくいと思います。

また、仕事においても「休んだ分の仕事をこなさなくては」「迷惑をかけた分、ちゃんとやって評価をし直してもらおう」と考えて残業をしても、人が大変と思う仕事をたくさん買って出たりしても、休んでいた期間の仕事は終わってますし、せっかく回復したのに無理をしてまた体調を崩されるほうが会社にとっては迷惑です。気にするなとまでは言いませんが、健康管理をしても体調を崩すときはありますし、そもそも体調不良で休んだ人を責めるような職場があったとしてそのほうが問題です。

 

確かに物事は継続したほうが良いです。しかし、1回くらい中止になったとして、一定期間休んだとして、それを遅れと感じて取り戻そうとしたり巻き返そうとしても、継続した場合と同じ成果や結果にはなりません。むしろ、何もなかったかのようにいつも通りの日々を過ごしたほうが良いのです。特に日課や習慣のある人は、その人独自に頭や体がカスタマイズされているため、そこから外れた取り組みを急にしてしまうと壊れてしまったりバグを起こします。

 

では、どのように考えたらよいのでしょうか? 特に想定外のときとはいえ、頑張っていたのに試合に出られなかったとき、休んでいるときにライバルは練習して実力を挙げているかもしれないのに、遅れを取り戻そうとしなければやっていられません。

 

しかし、過去は取り返せません。過ぎた時間(ここでは日課を中止したり、仕事を休んだ期間)は決定事項です。それがあっての自分自身です。これもまたどうしようもありません。そのため、「今の自分の状態からスタートする」と考えるのが健全です。

つまり、「ここ最近はランニングできなかったから、今日からまた頑張ろうっと」とか「昨日は電話で本が読めなかったから、今日は読もうとしていた本を読むか」とか「無理すると体調崩すと分かったから、今度は体を労わって仕事を調整しよう」とか「自分が出れなかった試合の様子を教えてもらって次に活かそう」といった思考をするのです。

 

これはポジティブな別に考えではありません。どちらかと言うと「潔く諦め」という境地です。「好きな人にフラれた・・・まあ、女なんて世の中にいる」といった、良い意味での投げやり感も場合によっては大事です。それでまた、いつものように日課や習慣を根気よく続けていれば、きっと遅れを取り戻そうと無理するよりも良い成果が得られると思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。