アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

生きることは、自分をチューニングすること

アラフォー童貞のODです。

 

年齢問わず色々なことに挑戦することは大切です。時間もお金も体力も限られているものの、現代は多くの人がやりたい事があったら気軽に取り組めます。「お前は武家の人間だから、そんなはしたないマネはするな!!」などと家柄や立場を気にして生きている人も少ないと思います。もちろん、子供のうちは親の言うことが絶対になりがちですし、社会に出れば会社や上司などからうるさく言われるし、人間関係という煩わしいものに振り回されることだってあります。スマホを何となく眺めている時間、関わりたくない人たちの雑談を聞く飲み会の会費、疲れているのに愚痴を聞かせられて削られていく体力・・・こういったものに日常で大なり小なり巻き込まれてしまうものです。

 

しかし、大抵の場合は一人になれる時間はあります。そこで1日5分でも気になることに挑戦したり、自分を高めるために時間を投資することができるはずです。これはキレイごとや理想論ではなく、鎖につながれた奴隷でもない限りは誰もが自分の時間というものがあるのです。極論ですが、やりたいことや気になることがあるけれど、(ありがたいことに)このブログを読んでいただいているならば、ぜひ気兼ねせずにブラウザを一度閉じて、自分の興味や挑戦したいことを調べて下さい。それに何か準備が必要ならば、生活費も考慮してアマゾンや楽天でポチって下さい。それだけで第一歩になります。

 

私は生きるということは、「こうなりたい」「こうだったら良い」ということを体現するために試行錯誤していくことだと思います。その工程として、まずは既に成功している人や具体化している人たちを真似します。そして、しばらく継続しているうちに自分に合っている部分ややって良かった部分が見えてきたり、仕事などの生活面や自身の肉体に合わない部分も見えたりします。ここからもう少し継続してみても「やっぱり自分には合わない」と思ったら、その部分を手放したり見直したりします。そうして形になっていくのが自分のあり方と考えております。

 

このように書くと、物事が継続できない人は忍耐力がないというよりも、「●●をすれば、すぐに成果が出る」という期待が大きすぎるので続かないのだと思います。また、続けているのにうまくいかない人の場合は、真似する期間が短いのだと思います。成功している人たちがそれなりに時間をかけて行き着いた境地や、それ以前に基本を修得する前に、自分なりのやり方に移行してしまっているのです。料理で例えると、レシピ通り作らずに、レシピを読んでいる途中ですぐに「自分ならこうする」という余計なことをしてしまうから、望まない成果が生まれてしまうのです。しかも、このような人に限って「レシピが悪い」「あの人は才能があるから」といった言い訳をするから厄介です。

 

しかし、一定期間の真似をすると「これは続けよう」とか「やっぱり自分には合わないということがあります。そこで初めて自分なりのやり方を見出せばいいのです。それはマシンのチューニングに似ています。つまり、「このままにしよう」という点と「こうしたいな」「こうなったら良いな」という改善点に振り分け、改善点を1つ1つ変えていくのです。

チューニングというと部品交換による性能向上というイメージを持たれると思いますが、生き方や自己成長においても同様です。成功している人を一定期間は真似してみて、「あれ、これは自分の生活だと都合がつかない」「自分の体には合わない」となったら変えてみるのです。

ただし、やはりチューニングしたら、その状態でしばらく試行錯誤する必要があります。マシンだって部品を変えてみて、機能テストをしないと良し悪しが分かりません。時にはすぐに危険だと分かってNGとなることもありますが、生き方におけるチューニングは一定期間やらないと良し悪しがわかりません。すぐに結論を出したくなるかもしれませんが、ダイエットだって学力向上だって「すぐに効果が出る!」なんてものほど胡散臭いものはありません。効果が出るか改善するかをワクワクするのだって、試行錯誤とチューニングの醍醐味です。うまくいかなくても、「はい、次」と割り切るスキルも身に付いていきます。

 

とはいえ、場合によっては成功者や既に体現している人たちがやってきて、自分自身が一定期間真似してきたことを完全に捨てることだってあります。しかし、それは一定期間やってきたからこその結論です。人によっては「せっかく続けてきたのに、もったいない」「あの成功者の言っていることを否定するなんて失礼かも」と悩むこともありますが、それが試行錯誤して得られた結論ならば、苦渋の決断ですがやむを得ないことだってあります。

しかし、決して無駄なことではありません。無駄かもしれませんが、失敗は成功の元とも言いますし、無駄なことも試行錯誤やチューニングにおいては大切なのです。自分が持っているテーマに合わなくても、別なテーマにおいて有効になる可能性だってあります。または、同じテーマに取り組んでいる人に「こういう風にしてみたけれどうまくいかなかった」と教えたときに、相手から「ああ、それはこうしてみたら?」といったアドバイスをもらえるかもしれませんし、「へー、そうなんだ。気を付けよう」と助言になるかもしれません。

 

試行錯誤とかチューニングと言うと大袈裟ならば、「物は試し」くらいのライトな考えで捉えてみて下さい。ライトでも繰り返していれば、それはいつしかヘビーになったりハードになったりしているものです。あるいは、最初のテーマと全く違う結果に行き着いていることもあります。

まあ私自身、このブログの発端は恋愛と禁欲、変態的な内容ばかり綴ってきたのに、日常のあり方をチューニングした結果、それが今や生き方だの考え方だののブログへ変化しております。良いか悪いかは分かりませんが、それなりに自分にとって満足はできているので良いと思うようにしましょう・・・。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。