アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「オナニー後の自己嫌悪」が少なくなった個人的な見解

アラフォー童貞のODです。

 

昨日に続き、賢者モードという名のオナニー後の自己嫌悪についてです。

 

昨日の記事では、オナニー後の自己嫌悪は「オナニーは悪いものという認識」が原因であり、そこから射精後に自己嫌悪に陥ってしまうのではないか、という個人的な見解をまとめました。

それは、私自身が過去に長期間のオナ禁をした経験を経て、現在は定期的にオナニーをしても自己嫌悪的な賢者モードに陥らないのは「別にオナニーは悪いものではない」と思っているからという背景でした。

 

何度も申しますが、あくまで個人的な見解です。自分の考えに逃げ道を作るわけではありませんが、医学的・心理学的な根拠などは一切ない私の経験に由来しての考えであることをご了承ください。

それに「別にオナニーは悪いものではない」と思ってはおりますが、だからといって「オナニーは良いもの」「オナニーは毎日でもやりましょう」と思っているわけでもありません。

実際、オナ禁をする前の私は1日に2回以上のオナニーをしていたため、それにより時間も体力も(そしてポルノに費やしていたお金も)浪費していたと、今はハッキリと言うことができます。このときの自分から得られたものは一切ありませんし、射精後は明確に自己嫌悪や自己批判ばかり繰り返していたことも思い出されます。

 

では、今はなぜ定期的にオナニーしているのに賢者モードという自己嫌悪などを抱かないようになったのでしょうか? これについても個人的な見解ですが、もしもオナニー後の自己嫌悪に悩んでいる方にとって少しでもお役に立てば幸いです。

 

さて、結論から言うと・・・

「オナニーを日常生活の楽しみにしていない」

ということです。

 

かつての私は朝と夜にオナニーをするのが楽しみでした。一見楽しみがあるのは悪くないように思えるでしょうが、これはポルノへの依存でもありました。特に当時の私は二次元(エロ漫画やエロアニメ、アダルトゲームなど)を好んでいたうえ、ロリ系かつ凌辱ものに傾倒しておりました。性的嗜好は人それぞれですし、それが犯罪を誘発するわけではないものの、1日2回以上もそのような攻撃的なポルノで脳を興奮させていたことは、今なら良くないことと言えます。その証拠に、射精した後は子供に乱暴を働いた映像が目の前に残ると、例えそれが二次元という創作であって自己嫌悪に陥りました。

 

また、詳細は割愛しますが、欲情がコントロールできなくなり身近な女性の私物を拝借して自慰行為に及んでいたこともありました。このころは性欲が暴走し、不合理な行動に出ていたと思われます。しかし、自分にとってはオナニーこそが日常における楽しみだったので、それを励みにして仕事も頑張れると自分に言い聞かせていました。

 

そして、とある時期からオナ禁を開始して我慢する日々とは別に、時間と体力、そしてポルノに消費していたお金などが節約できたことから、それを読書することに費やすようになりました。そうしているうちに、本を読むのが好きというよりも知識を得たり考察する楽しさを見出しました。それは1つの発見であり、それはいつしか日常における楽しみにもなりました。

 

もちろん、オナニーだってポルノを眺めているときだって気持ちいいです。しかし、そのような受動的な快楽ではなく、自分で選んだ本を読むという行為、その本から自分なりの考えや仕事への転用性などの検討するという能動的な快楽を掴んだのです。それは習慣となり、現在も続いております。もはや朝からオナニーするよりも少しでも本を読んで、独りよがりでもいいから考えるという行為を楽しみたいと思っております。

 

このような新たな習慣は、「オナニーを日常の楽しみにしている自分」から「読書と考察を日常の楽しみにしている自分」に変えていき、そして間接的には1つの「自信」にもつながりました。

当然ですが、オナニーをしても自信は生まれません。オナニーを1日2回以上しても自信は培われません。得られるのは快楽と精液の循環体制です。精液の循環といっても、すぐに射精するので新しい精液が溜まるわけでないので、肉体にとっては良いとも言えないかもしれません。

 

・・・話しが何度も脱線して申し訳ありません。

このようにオナニーが日常の楽しみだったころはオナニーへの執着を生み、一方でオナニーは悪いものという認識がさらにオナニーへの執着を増幅させ、その状態でオナニーをするものだから、ポルノの内容も相まって自己嫌悪をしてしまうのでは・・・と自己分析しております。

だからこそ、オナニーが日常の楽しみという前提がとれてしまったので、増幅する執着心もなくなり、それがオナニーは別に悪いものというほども思わなくなり、結果的にオナニーをしても自己嫌悪も感じなくなったのでは・・・と考えております。

 

つまりは「オナニー以外に好きなものを見つける」という事となります。このためには、特に癖でオナニーをやっている方の場合は、ある程度の禁欲は必要かもしれません。しかし、考えを切り替えると「オナニーできないとなったら、その時間と体力を何に使う?」と考える機会でもあります。すぐに見つかるものではありませんが、それはオナニーを執着していたことには考えなかったことだと思います。

 

結局、オナニーしてもいいのか駄目なのか分からない記事でしょうが、オナニー後に自己嫌悪をされるならば、それは自分を変えるチャンスなのかも・・・と考えても良いのでは? というお話でした。

 

ここまで読んでただき、ありがとうございます。