アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「ほぼ確定」は確定ではない

アラフォー童貞のODです。

 

時間の無駄と気づいてから「まとめサイト」を見なくなりましたが、何かのタイミングでサムネやタイトルを目にすることはあります。

その中で漫画や時事ネタなどで『〇〇でほぼ確定』というタイトルを見かけますが、あれは実際にその通りになっているのでしょうか?

つまり、「ほぼ確定」という予測に対して蓋を開けたときに100%当たっていた・本当に確定事項だったということは、どれだけあるのかというお話です。

 

もちろん、物事に確実性はなく、ほぼ確定だったとしても何かの要因や状況の変化によって前提が崩れてしまい、予測と大きく違う結果となることもあります。

そして、多くの人は確実性のあるものはないと理解はしているため、大抵の場合は確定事項がハズレだとしても仕方ないと思って終わります。

 

ここで「大抵の場合は」と書いたのは、確定事項が外れて予測と違った結果となったときに世間が困ったり怒ったりするのは、おそらくそれが自分たちの身に直接関わることだからです。

しかし、「大抵の場合は」のケースにおいては、自分の身に直接関わることのない、結果が変わったとしてもノーダメージの件ばかりです。

「ほぼ確定」が当たったしても、予想と大きく外れたとしても「ふーん」で終ったり、どこの誰かが「ほぼ確定」と明言したとしても、結果が分かるころには「ほぼ確定」という予測すら忘れてしまっているものです。

結果を見て「何とかのサイトで予測していた人がいた!」「『ほぼ確定』と言っていた人はすごい!!」なんてことを思いつくことすらありません。

そのように持ち上げることもあるでしょうが、インターネット上の一部の界隈でのやりとりやマスコミやワイドショーくらいのものであり、失礼な物いいですがそこまで重要でも価値があることでもありません。

 

しかし、それでも自分に興味があるジャンルや暇つぶしのネタとして『〇〇でほぼ確定』というタイトルを見ると、「へー、どれどれ」と覗いてみたくなるのが人間の心理というものです。

仮にその通りの結果となったとしても、『〇〇でほぼ確定』と言っている時点では確定事項ではないので、その情報を知ったところで実際には有用性がありません。

例えば、選挙速報で『△△氏の当選がほぼ確定』と言われても、開票と集計が終わらなければ確定とは言えませんし、その時点で△△氏はまだ何かしらの議員でも役職にもついているわけでもありません。

また、漫画のネタバレ的に『〇〇でかほぼ確定』と銘打ったところで、実際の掲載された内容(作者の創作と出版社の出版物)を見ないと何とも言えません。

 

つまり、『〇〇でほぼ確定』という情報は真に受けるものではなく、信じるに値するものではないと思ったほうが良いのです。

 

このように言うと「そんなことは分かっている」と反論されるかと思います。

しかし、実際に多くの人が食いつくからこそ、この手の情報が残っているのです。

多くの人はいつだって『〇〇でほぼ確定』を望んでいるのです。

 

とはいえ、何もこの手の情報に踊らされるなと言いたいわけではありません。

ある種の娯楽とかゴシップ記事を眺めるくらいならば問題ないと思います。

しかし、誰も知らない情報をいち早く入手するために『〇〇でほぼ確定』という記事を見つけて満足感を得ようとするのはやめたほうが良いです。

そもそも、誰よりも情報をいち早く入手しようとするときに、すでに他人が入手している『ほぼ確定』という情報をつかんで喜んでいるようではレベルが低いです。

しかも、インターネット上の記事というのは真偽が曖昧なものが多いですし、『〇〇でほぼ確定』という手の情報は、間違っていても誰も責任をもたないものです。

 

もしも、何かしらの情報を得たいときにインターネット上で『〇〇でほぼ確定』という記事を見かけても、それは娯楽的なものとして考えて、日常で活用できる真に価値ある情報と思わないでください。

 

大丈夫です、誰よりも早く情報を入手しなきゃと焦らないでください。

現代は待っていればとっとと情報の真偽は明らかになりますし、大切なことは確定した情報をどのように活用するか・どのように組み合わせるかです。

いかに早く情報を得たところで使い方を分かっていなければ、どんな貴重な情報もゴミになるだけです。

 

まずは無闇に『〇〇でほぼ確定』といった最新情報もどきを追うのではなく、「自分にとって価値ある情報は何か?」を見直してみてはいかがでしょうか。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。