アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「仕方がない」という自分を解放する考え方

アラフォー童貞のODです。

 

ランニングを日課にしているけれど、足が痛くて走れないことは必ずあります。

得意な教科であっても、凡ミスをすることは必ずあります。

時間をかけてプレゼンに臨んだけれど、違う企画が採用されることはあります。

健康に気を遣っていても、体調を崩すことはあります。

理由もなく気分が良い日もあれば、少しのことでイライラすることもあります。

一生懸命働いていた職場から、解雇予告を受けることもあります。

全力で走っていたのに、ゴール直前で急に力が抜けることもあります。

片思いをしていた人の何気ない言動で、恋があっさり終わることもあります。

 

・・・もう、数え上げればキリがありません。

絶好調のときもあれば不調のときもありますし、その逆だってしかりです。

努力をしてきたところで、それが報われないどころか悪化することもあります。

少しのきっかけで、人物や出来事への印象や捉え方が大きく変わることもあります。

 

このような理由は現代において心理学や医学、スポーツ学などでは明らかになっているのかもしれませんし、そのようなときのコンディションやメンタルの整え方もきっとあると思います。

また、過去の偉人たちや現在活躍している人たちもまた、様々な苦難に抗ってきたからこそ現代の世界が成立しているストーリーなどを知っているため、私たちもまた「頑張れば事態は好転するはず」と思って奮起します。

しかし、実際には最善の努力をしても事態は変わらないことは多いですし、想定外の事態が発生することだって珍しくはありません。

 

上記の例で言えば・・・

足の痛みはすぐに治りませんし、ランニングなんてしたら悪化します。

凡ミスに対して「自分はこの教科が得意なんです!」と主張しても、ミスはミスです。

プレゼンだって「費やした時間=成果」とは限りませんし、保証もありません。

体調不良の原因なんて、あってないようなもの。(感染なんて経路不明がほとんど)

体調不良どころか感情なんて、わずかのことで振り子のように動きます。

一生懸命働いたのは自分視点で、会社の評価は低かったのかもしれません。

ゴールの直前で力が抜けたのは、ペース配分が間違っていたかもしれません。

ちょっとのことで好きにもなるし、嫌いにもなるのが恋愛です。

 

(上記は色々と反論を受けそうですがご了承ください)

 

何が言いたいのかと申しますと、すべて「仕方がない」のです。

「他人はコントロールできない、自分の考え方はコントロールできる」などと言いますが、自分のあり方や状態もまたコントロールできないこともあるのです。

 

大切なのは、最善の努力も尽くしたのに苦難が解消されないならば、それ以上その状況に抗ったり自分の気持ちを否定したりせず、「仕方がない」と受け入れることです。

 

これはヤケになるという話ではありません。

これはボロボロになっても戦おうとする人に対しての救済であり慈悲の精神です。

頑張ってもどうしようもならないと分かっていても、もっと頑張れば何とかなると思って不毛な努力をしようとする人を開放するための考え方です。

 

どうしようもならないと分かっている対して思考しても、それは考えてないのと同じでありエネルギーと時間の浪費です。

また、それは悩んでいる状態でもあり、選択肢や答えが明らかに得られないと分かっているのにアレコレと考えたり話し合いを続けるようなものです。

 

割れた花瓶をつなぎ合わせて、何とか割れる前の花瓶に戻そうとしても無理です。

過ぎたことはどうにもなりませんし、見込みのない要素に今という時間を費やしても望む未来は創られることはありません。

 

世の中には「諦めない精神」「粘り強さ」によって成功してきた人たちも数多く存在しますが、それ以上に夢や希望に向かって頑張り続けた結果として、膨大な数の失敗や絶望も存在することを忘れてはいけません。

 

ある程度のところで「はい、ここまで」と割り切ることも大切です。

いつまでも不毛な状況にいて苦しむよりも、その時間とエネルギーを新しいことに費やしたりボロボロの自分を休ませてあげる機会にもなりませす。

 

もしも納得ができないならば、「仕方ない」と口にしてみてください。

それは頑張り続けた自分自身への開放とご褒美になるはずです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。