アラフォー童貞は〇〇と考える

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「もう諦めろ」と伝えること・言われること

アラフォー童貞のODです。

 

ここ2日間の記事は、世の中における出来事や人間関係などは「仕方ない」と思うしかないものばかりで、かつ自分の思うとおりに「うまくいかない」ことがほとんどである・・・という身も蓋もない内容でした。

これは物事に真剣に取り組んでも無駄という意味ではなく、むしろ真剣に向き合って考えられるだけ行動している人向けのお話であり、そのような人たちへの救済や慈悲の向け方を提示しているのです。

救済や慈悲などと言うと、何だか上から目線なうえに余計なお世話と思われるでしょうが、物事に一心不乱に取り組んでいるものの、出口のない迷路を彷徨っている人たちは多いものです。

そのような人たちは、これ以上頑張ったとしても追い求めているものを叶えることはできないという現実に気づいておらず、「頑張りが足りないから」「工夫が足りないから」と言い聞かせては自分を追い詰めてしまいます。

 

そのため、どこかで誰かが「あなたのやっていることは、これ以上やっても叶わない」「もう諦めろ」と通告する必要があるのです。

それは1人1人異なるため、私は「世の中にはうまくいかないことのほうが多い」とか「思い通りにいかなくても『仕方ない』と言えば気が楽になる」と伝えているわけです。

 

一方で「もう諦めろ」は、伝えるだけでなく自分自身も言われることを想定し、受け入れる覚悟を持たなくてはいけません。

自分は「もう諦めろ」と他人に言うくせに、自分が言われたときは「いや、もう少し頑張ればうまくいくはず」なんて見苦しいだけです。

潔く「そうか・・・そう言ってくれてありがとう」と最後通告を受け入れるのです。

 

それは恋愛でこっぴどくフラれたときのようなものです。

いくら頑張ってアプローチしても、相手の異性が「あなたのことは恋人と見れない」と言われたならば、それはもう諦めるべきなのです。

確かに粘って粘ってお付き合いして結婚まで至ったというケースはありますが、必ずそのようになるとは限らず、むしろ関係が悪化していくリスクだってあります。

新しい恋を見つけようと前向きな姿勢まではいかずとも、好きという気持ちを消そうと思わなくてもいいので、その恋は終わりだと区切りをつけることは大切なのです。(まあ、そう思えないのが恋愛なわけですが・・・)

 

自分で区切りをつけられる人もいるでしょうが、それはなかなか難しいものです。

可能であればズバっと言ってくれる相談役、自分の意見やあり方に批判的な視点を突き刺してくれる人を設けた方が良いです。(悪魔の代弁者などと呼ばれます)

言われた側は怒りや悲しみを覚えるかもしれませんが、自分では踏ん切りがつかないことを他人に言われて応じてみると、案外時間が経つと「ああ、あのときアイツにガツンと言われて良かったな」と、相手の指摘が必要なことと思えるようになります。

 

「もう諦めろ」と言われると、それまでの頑張りや自分の人生を否定された気になりますが、決してそうではありません。

「もう諦めろ」とは、言い換えると「一区切りつけて、これまで頑張った自分の心身を休めましょう。そして新しい道に進みましょう・・・それがきっと、あなたのためになるはずですよ」と言っているのです。

それを言ってくれる相手がいるのであれば人生において貴重な存在だと思って下さい。

 

もしも、そのような相手がいないならば、物事がうまくいかないとき、頑張っても前に進む気配すらないとき、心のどこかで「これが限界かな」と思ったら、自身に対して「もう諦めよう」とつぶやいて下さい。

それに対して「・・・それもアリかな」と思ったならば、それは決して甘えではなく、そこまで頑張った自分に対して生まれた新しい選択肢です。

そこまで来たならば、その選択肢も踏まえて「よし、あと1年やってもダメだったら撤退しよう」「あと1回告白してフラれたら、この恋は終わりに使しよう」と期限や制限を設けてみてください。

こうすることにより、「もう少し頑張れば」といった曖昧さでズルズルと同じように進む不毛な結果を少しはやわらげることができるはずです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。