アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他人に迷惑をかけない」という無理ゲー

アラフォー童貞のODです。

 

まだまだ暑い日が続きますが、冷房をつけるよりも窓からの風のほうが心地良いと感じるようになりました。

しかし、困ったことに職場も自宅も窓を開けると、外からタバコの煙が流れ込んできてしまうことがあり、窓を閉めてしばらく暑さを我慢することがあります。

それは歩きタバコによる煙がダイレクトに建物に入ってきたり、昼休みの時間になると近くのコンビニや会社の喫煙所から風に乗って煙が流れてきたりと色々です。

 

別にタバコの存在や喫煙行為を責めるつもりはありません。

ハッキリ言えば、健康に悪いと分かっているのにタバコを吸うのは個々の責任ですし、どんなに法律で公共施設等の敷地内を禁煙にしたところで、国も公認で販売している謂わば合法ドラッグなわけですから、どんなに世間が声を上げたところで廃止されることは決してないでしょう。

昨今では電子タバコの広告も目にしますが、カッコいい男性やキレイな女性が煙を吐き出している姿でPRしたところで結局はタバコです。

しかし、喫煙者を中心とした身の回りに目を向けたとき、社会全体で見たとき、それは喫煙者個人の問題ではなく、冒頭のようにタバコの煙が風になってきて非喫煙者の心身に悪影響をもたらしたり、喫煙者が高齢になるにつれて肉体に影響が現れると医療費の増加などにもつながます。

 

再三お伝えしますが、別にタバコや喫煙を責めるつもりはありません。

何を言いたいのかというと、どんなに健康被害のあれこれを啓蒙したり法律で体制を整えたりしても、もはやその存在が認知されている状態では社会全体を変えることは金杏であるという話です。

何かの事象や人物に対してどんなに「迷惑だ」と伝えたところで、その迷惑行為をしている側としては「迷惑なのは分かっているけれど・・・」「なるべく迷惑がかからないように対策もしているけれど、これ以上は勘弁してよ」と言いたい気持ちもあると思います。

こうなるともはや、社会における迷惑行為に対して世の中の人たちが寛容になるしかないという話になってしまいます。

 

さて、ここまでは当人にとっては(その時点では)OKであっても、その周囲からすればNGという社会的に決して良いとは言えない迷惑行為を例に取り上げましたが・・・では、個人の迷惑行為はどうでしょうか?

 

多くの人たちは「他人に迷惑をかけたくない」「他人に迷惑をかけてはいけないと教わった」と1つの倫理観として迷惑をかけてはいけないと考えるものです。

しかしどうでしょう、迷惑をかけないで生きている方はいるでしょうか?

 

・・・おそらくですが、誰もが誰かに迷惑をかけているはずです。

正確に言えば、自覚があることも自覚がないことも含めて、誰もが他人に迷惑をかけて日常を送っているのです。

 

例えば、コンビニでお弁当の陳列棚の前で「これにしようか・・・いや、こちらも捨てがたい」などとウロウロと選んでるところに、気づいたらすぐ後ろに他のお客さんが待機していた経験はあるでしょうが、これだって迷惑と言えば迷惑です。

 

例えば、仕事で自分が担当する仕事が外部のミスで遅れたとき、その理由が分かっているけれど他人から見たときに「あいつのせいで全体の仕事が遅れている」と思われることもあります。

それがどんな事情であっても、立場や役割が異なると迷惑に思う人は一定数いるため、理不尽ですが迷惑をかけたという結果になってしまうこともあります。

 

別にタバコを吸っているわけでも、意図的に他人の時間を奪っているわけでもないけれど、人間同士で社会という集団を作るうえで迷惑をかけあうことは仕方がないことであり、1人1人の価値観や立ち位置が異なるだけで、こちらがやったことを迷惑に思われてしまうことは往々にしてあるのです。

 

では、私たちは人の目を気にして、迷惑に思われない対策を講じながら生きなければいけないのでしょうか?

もちろん、他人の心情に配慮する必要はありますが、それだと自分という人生の主人公が他人になってしまいます。

また、他人の心情ばかり配慮している社会はきっと、保守的でつまらないでしょう。

”人それぞれ”という言葉はあまり好きじゃありませんが、価値間違うからこそ、迷惑をかけたり迷惑をかけられたりして、反省と改善を繰り返しながら社会全体が発展するのだと思います。

 

そして、自分という存在の決断や行動によって迷惑をかけることはあります。

それは絶対にありますし、怒られることだってありますし、悲しまれることだってあるでしょう。

しかし、その時点の自分にとっては、他人に理解されないかもしれないけれど大切なことかもしれません。

周囲は迷惑と感じたかもしれないけれど、もっと広い他人から見たときに「それいいじゃん」「自分もやってみたい」と良い影響をもたらす可能性もありますし、何年か先に自分が全く知らないところで流行してしまうこともあるかもしれません。

 

つまり、何をやっても迷惑を感じる人もいれば、反対に迷惑どころか触発される人もいるし、あるいは誰も何とも思わないこともあるということです。

それならば、自分でやりたいことや自分の意思を主張したいことがあれば、迷惑も良い反応もあるという前提で行動してしまって良いという話になります。

 

ここで大切なことは、「他人に迷惑をかける」ということは「自分を存在を否定するリスクではない」とうことです。

周囲が迷惑に思ったのは、その行動と結果であって、それを引き起こした当人のあり方や存在を否定しているわけではないということです。

そのため、迷惑をかけたと思うならば「自分は駄目な奴なんだ」と思う必要は全くなく、それよりだったら素直に謝罪して次からの行動を改めれば良いだけなのです。

 

何だかクドイ文章になってしましたが、他人に迷惑かけないなんて無理な話なのだから、ある程度は他人に配慮しつつも、ある程度は自分の好きなように行動しても良いと言うお話でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。