アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

休日だからって「何かしよう」「どこか行こう」と思わなくていい

アラフォー童貞のODです。

 

せっかくの休日だから充実した1日にしようと思ったのに、何となくダラダラして終わってしまった・・・と、後悔する人は多いようです。

じゃあ、何をしようとしていたかと問われると家事やら買物を基本として、友達を誘って映画を見に行くとか資格の勉強をするとか色々と出てくるわけですが・・・話を聞いているうちに「ちょっとそれは詰め込みすぎでは?」と感じることもあります。

 

多少の偏見は入りますが、このように考える人は日常でもスケジュールを詰め込み、かつ立てたスケジュールのうちの半分も消化できないまま1日を終えることが多いように思えます。

そして、スケジュール自体に問題があるということに気づかないまま、また同じようにキツキツのスケジュールを立てては、また何もできないまま終わり、不完全燃焼な気分を味わう羽目になるのです。

 

スケジュールを立てると言えば、(今もあるのか分かりませんが)小学校のときに「夏休みの計画」なるものを強制的に立てさせられたことがあります。

今にして思えば、小学生に対して約1ヶ月の予定を立てて、計画通りの休日期間を過ごそうというのは良い試みだとは思いますが、社会人になって分かったことは予定を立てることそのものが難しいということです。

そもそも、社会人でも自分の予定を立てることや、全体の作業プロセスを見て作業進捗を考えるとかいうことができない人は結構いるため、それを小学生にやらせるというのは結構鬼畜だなと思います。

 

さて話を戻しいますと、なぜキツキツのスケジュールを組んでしまうのかというと、それは「やることが多いことが良いこと」「たくさんの予定をこなすことで充実感をえられる」と思い込んでいることにあります。

仕事においては「他のスタッフよりも働けば評価される」「たくさん時間をかければ良いものができる」といった勘違いと同じであり、それをプライベートである休日にも適応しようとするからキツキツのスケジュールとなってしまうわけです。

 

しかし、キツキツなスケジュールを組んでも半分も達成しないどころか、何もしないまま1日を過ごす・・・といった不毛な状態をいつまでも続けるのでしょう?

ここは「たくさん予定を入れても意味はない」という事実を認める必要があります。

また、いくらたくさんのスケジュールを組んでも、心のどこかで「ああ、こんなにやることがある・・・」とストレスを感じてしまうことになります。

それは一定のストレスがかかる仕事という状況から解放される休日において、ワクワク感ではなく、仕事のような義務感になってしまいます。

休日でもストレスや義務感がのしかかる・・・そりゃあ、動きたくなくなるでしょう。

 

このようにならないためには、考え方と日常そのものを変える必要があります。

 

まずは、休日だからといって『何かしよう』『どこかへ行こう』などと、無理に分かりやすい充実感を求めないことです。

せっかくの休日だからという気持ちは分かりますが、無理に何かをする・どこかに行くとしても、自分から湧き上がった欲求ではないので充実感の基準が曖昧となり、結局は満足できたかどうか分からずで終わってしまいます。

もしも無理にでも何かしたいと思うならば、その「何か」を何個もスケジュールに組まないで、1~2時間程度で終わることを1つだけ設定することをお勧めします。

例えば、私の場合は「フローリングの拭き掃除をしたらOK」とか「換気扇のフィルターを交換したら今日はOK」とか「プランターの土の入れ替えしたらOK」とし、あとは流動的として、夕方はぼんやりと虫の音を聞きながら空を眺めていることもあります。

「それでいいの?」と聞かれるかもしれませんが、私は満足しているので良いのです。

 

また、日常でスケジュールを立てるときも大切です。

日常からキツキツのスケジュールにしないで、仕事であれば重要度の高いタスクを選定して時間を確保し、またプライベートでもやりたい事も確実に予定化してしまいます。

そして、その前後は1時間は空白を設けておき、重要度がそこまでのタスクは週単位や月単位(あるいは年単位)で分散させてしまうのです。

「やることがたくさんある」と言う人がおりますし、私自身もかつては仕事は量をこなすことと考えおりましたが、実際に分散させてみると自分一人が頑張っても仕方のないこと、やらなくても問題ないことが大半であることに気づけました。

そして、キツキツのスケジュールよりもポイントを絞ってのタスク処理をしたほうが、自分の充実度も周囲からの評価も良くなるのです。

 

大切なことは「手放す」ということなのかもしれません。

年齢を重ねると徐々に行動範囲は狭くなるものであり、それを悲観する人も多いです。

しかし、私は意図的に行動範囲を狭くするという考えをしても良いと思います。

「今のうちにしかできない」はあるでしょうが、それはポイントを絞って時間とエネルギーをかけることであって、たくさんのことを処理することではありません。

 

(まだこのようなことを考える年齢ではないのかもしれませんが、)高齢になってから「いいよ、どこにも行かなくても。今いる場所で十分楽しめているからさ」と言えるようになりたいものです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。