アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「許せない人」を許さなくていい

アラフォー童貞のODです。

 

私は現在も童貞であるものの、特にそのことに対してどうとも思ってません。

しかし、20代の頃は自分が童貞であると周囲にバレやしないかと怯えてました。

そして周囲から童貞疑惑がかかると、適当に誤魔化しておりました。

 

今にして思えば周囲も「ああ、こいつは童貞だな」と気づいていたと分かりますが、それを直接突っ込んでくる人はおりませんでした。

しかしある日、社内外の人たちが集まった飲み会において、私の童貞を大っぴらに突っ込んできた人がおりました。

私は恥ずかしさと社会から疎外された立場に追いやられた気持ちで困惑するとともに、女性経験がないだけで犯罪者のような吊るし上げにあったことの理不尽さに、黒い気持ちが湧き上がったことを覚えております。

そのときの気持ちを思い出すと、童貞を暴露した相手に対して怒りを露わにしたり暴力に出なかったものの、その後しばらくはサスペンスドラマのように「昔、自分のことを馬鹿にした奴らに復讐する」といった妄想をしては感情を押し殺したものです。

 

さて、あれから15年以上の年月が経ちましたが・・・不思議なものでそのときの出来事を思い出しても、私が童貞であることを暴露した相手に対してネガティブな気持ちは全くありません。

それは昔の出来事なので当時の出来事を覚えている人はいないでしょうし、私自身も物事への捉え方が変わったためか「まあ、童貞というのは事実だったし、言われても仕方ないね」と思うことができます。(そして現在も童貞なわけですし)

また、歳を重ねるとともに物事に寛容になったこともありますが、次のような考え方もできるようにもなりました。

 

「生きていれば、必ず許せない人はいる」

 

私たちのほとんどは聖人ではないので、絶対に怒りや暴力に出てもおかしくないほどの許せない人という存在に出くわします。

そして、その人にまつわる出来事を繰り返し思い出してしまうのです。

そのたびに「いや、あんな奴のことを考えても仕方がない・・・でも、ムカつく! 許せない!!」と、まるで恋のように何度も何度も考えてしまうのです。

 

しかし、それは仕方のないことです。

当然ですがそれは恋などではなく、自分の脳がその相手を「危険人物」「自分の生命を脅かす存在」として認識しているのです。

そのため、自分自身に警鐘を鳴らすように何度も何度も考えて、これ以上傷つかないように思考を巡らしてしまうのです。

 

・・・と、脳とか心理面でのそれっぽい理屈は分かったものの、許せない人に対してはどのように接し、どのように自分の気持ちを処理すれば良いのでしょうか?

 

それは「許さなくていい」ということです。

許せない人は、無理に許す必要はないのです。

 

これは相手の行動や考え方を受け入れるという意味ではなく、どちらかというと自分自身に対しての心持ちです。

それは許せない人を許さない・・・そんな自分を許す(認める)ということです。

 

では、「許せない人はそのままでいいのでしょうか?」を聞かれるかもしれませんが、私は「許せない人は、そのままにしましょう」「今まで通りの関わりのままにしましょう」と返答します。

他人は変えられないと言いますが、特に許せない人の言動を変えようとしたり、こちらが不利益を食らった出来事を謝罪させようとしても意味はありません。

仮に相手が変わっても何かしらの不満は残るでしょうし、謝罪をされたところで気持ちがいいのは一瞬だけで、必ずどこかで怒りや不満が再燃してしまうものです。

このようなことに時間とエネルギーを注ぐくらいならば、「あの人のことは許せない」と認めて終わってしまい、それ以上はその人のことは考えない、以降は必要以上に関わらないということだけに徹底するのが吉です。

 

人間の脳は繰り返し思考することで長期記憶をする場所に定着し、簡単に思い出しやすくなりますので、どこかで繰り返し考えてしまう癖をストップする必要があります。

そのための手段として「許せない人を許さない」と自分を容認することで、少なくとも許せない相手のことを繰り返し考えてしまう状態は軽減することができます。

そうなると自分の脳も「繰り返し考える頻度が少なくなってきたたら、危険信号も減らそうかな」と鎮静化し、しだいに怒りも許せない気持ちも落ち着いていくのです。

 

理想論かもしれませんが、あながち間違った考え方ではないと思います。

このように記事にしているうちに思ったことは、童貞だと暴露された日に黒い感情に支配された理由は、童貞だと暴露した人に対しての怒りではなく、童貞である自分に対しての怒りだったのかもしれません。

あるときから「自分は童貞・・・でもいいじゃん」と自分を認めることができるようになったため、かなり前とはいえ童貞を暴露された出来事を受け入れることができたのかもしれません。

許せないのは他人か、もしかしたら自分かも・・・とも考えた次第です。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。