アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「自分には価値はない」という時期は、誰もがある普通のこと

アラフォー童貞のODです。

 

独りでも生きていけると豪語している人はおりますが、そんな人でも寂しさというものは感じるもので、他人という存在を求めることはあります。

「孤独は平気だと豪語しておいて、寂しいなんてダサい」と笑う人はいるかもしれませんが、社会という集団で生きる人間にとって当たり前の感情・反応であるため、少なくとも私は笑うことも馬鹿にすることもしません。

どんなに強い人であっても強烈な孤独を感じることはあるでしょうし、反対にいつも誰かと一緒にいたいという人だって独りになりたいと感じることはあるはずです。

 

なぜ孤独というものを感じるのかというと、その理由は色々あるでしょうが、その1つとしては「自分の価値」が不明瞭になるからだと思います。

これは承認欲求や自己肯定といった話にもなりますが、誰もが生きている中で「自分とは何か」「生きている意味とは」という禅問答を抱くことはあり、そのプロセスにおいて「自分の価値」というものを他人に求めるものです。

そして他人に意見をもらったり、他者と比較したり、自分の成長や変化をする取り組みをしたりすることで、その成果として他人から評価を受けることによって、そして自分自身の充実感をもって「自分の価値」を得ようとします。

 

しかし、大抵の場合は自分が期待するような「自分の価値」を得ることはできません。

他人に「こういう風に評価してほしい」と期待するということ自体が間違っているのかもしれませんが、そう思ってしまうのが人間です。(もちろん私も)

そのため、「自分の価値」を追い求めれば追い求めるほどに「自分には価値がない」と思うようになるのです。

 

それは言い換えると「自分は他者から求められていない」ということです。

何だか残酷な言い方ですが、「自分の価値」を他者に求めるということは、他者から求められていないということも知るということでもあります。

 

では、自分は他者から求められていないと分かったからと言って、「自分には価値がない」「他人から評価されてない」と落ち込んで終わって良いのでしょうか? ・・・もちろん、そんなことはないはずです。

どんなに落ち込んだとしても、自分には価値がないと分かったとしても、貪欲に「自分の価値」を求めてしまうのが人間であり、人間の”業”というものです。

 

自分は他者から求められていないならば、どうすれば良いでしょうか? ・・・そう、他人から求められる努力をし、他人から求められる人間になるしかありません。

(では、求められる人間になるためには、どんな努力をすれば良いでしょうか? という話にしたいところですが、本記事の本質はそこではありませんので、ご了承ください)

 

私たちは「自分の価値」を追い求めて努力します。

しかし、仮にそこで「自分の価値」を得られたとしても、決して永続はしません。

他者から求められなくなる日は必ず訪れます。

 

例えば、とあるミュージシャンの音楽が大ヒットして、CDの売り上げもダウンロード数も半端なく、誰もがその曲を知っている状態になったとしても、必ず終わりが来ます。

もちろん、ヒット状態が終わっても、その曲をすぐに世の中が忘れてしまうということはありませんが、ヒットしている状態=他人が求めている状態がずっと続くなんてことはありません。

その曲を出したミュージシャンだって、その時はメディアに引っ張りだこでも、そこからもヒット曲を出せるか、落ち着いて音楽活動をするか、あるいは鳴かず飛ばずになって引退・・・なんてことだって珍しくはありません。

 

これは個人にも当てはまることであって、どんなに「自分の価値」を努力によって得たとしても、そこで得たものは一時的で終わり、そこから努力を重ねても他人から求められなくなるようになりますが、これは普通のことです。

つまり、「自分の価値」を得られたとしても安泰ではなく、どこかのタイミングで「自分の価値がなくなる」ということは当たり前のことと思うべきなのです。

それは他人から見て飽きたのか、他のものに目移りしたのか、価値観が変わったのか、嫌なところが目につくようになったのか・・・その理由は様々であり不明ですが、それはどうしようもありません。

 

そうしてまた、上記のように「自分には価値がない」となったときに、落ち込んだままなのか努力をするのか、新しい道を目指すのかは当人次第ですが、そこでまた「自分の価値」を得たいならば、まだ何かしらの努力をする必要があるのは確かです。

そして、「自分の価値」に対して追い求めることと「自分の価値がなくなる」と言うサイクルを繰り返しながら私たちは生きていくしかないのです。

・・・何だか説教臭いうえに上から目線ですが、私自身、これまでの人生でも「自分の価値」を見出せなくなったことは多々ありますし、現在だって頻繁に「自分って価値がないんだなー」とぼんやり考えてしまいます。

 

しかし、「自分には価値がない」が定期的にあると思うと、割と気楽になります。

それは、「自分には価値がない」という停滞期は必要であるし、そこの期間を経てまた勉強したり他人の話に耳を傾けるなど努力ができる体力も得る機会にもなります。

もしも、「自分の価値」を得ることに意欲が低下しているのであれば、それは人間にとって普通であり、必要な期間であると思っていただければと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。