アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

物語という「心の救い」

アラフォー童貞のODです。

 

読書を日課にしておりますが、「どんなジャンルの本を読むのですか?」「1ヶ月で何冊くらい読むのですか?」と聞かれると困ってしまうことがあります。

それはジャンルで本を選んでいるわけでないことと、その時期に読んでいる数冊の本を1日の中で分けて読んでおり、その数冊のジャンルもバラバラの状態だからです。

例えば、1時間の読書時間があったとして、最初は仕事の本を30分読んで、次に小説を章の区切りまで読んだら、残りは美術や絵本、経済や社会等の時事的なもの・・・といった具合です。

また、一言に仕事の本と言っても、そこから分野や専門に分かれますし、ただ文字を負うだけのこともあれば計算問題に取り組むことだってあります。

さらに余った時間においては上記の通りであり、気分によって変わることもあるため、私自身も何のジャンルを好んで読んでいるのか分からなくなるものです。

もちろん、好みのジャンルは「人間が陥りがちな勘違い」といった日常で気づきにくい視点をもった内容ですが、いつもいつも好みのジャンルや自分がしっくりくる本に出会えるわけではないので、結局のところ日常で読む本はジャンルに偏りが出てしまうのはやむを得ません。

 

しかし、1日の中で必ず物語、フィクションは読んでおります。

何きっかけだったか分かりませんが、いつの間にか現在の読書サイクルの中に組み込まれており、たった数ページでも読んでおくと、その日1日の気分や翌日以降の過ごし方が良くなるものです。

何も「物語に触れないのは損だ」とまでは言いませんが、自身の日常から離れた別世界を覗き見る、他人の視点で物事を見る、自分の現在と類似の出来事から何かを感じ取るという時間があるのは良いことだと思います。

 

たまにアニメや漫画の感想で「こんなの現実的じゃない」と指摘する方がおりますが、そのような方はきっと、自分の毎日が充実しているのだと思います。

と言っても、物語やフィクションを好んでいる人は日常に不満を抱いているだろう、と言いたいわけではありません。(そうなると私もそうなってしまいます)

単純に物語を楽しむよりも、現実に時間をかけたい何かがあるのだろうと推察しているだけの話です。

 

しかし、物語やフィクションの世界を求めている人がいることをご理解下さい。

毎日仕事でクタクタになったり、人間関係にうんざりしたり、それこそ生きているのがしんどいと思っているとき・・・

 

「明日はジャンプの発売日だ」

「今日はあのアニメの放送日(配信日)だ」

「次回はどうなるのだろう、続きが楽しみ!」

「来月はとうとう、大好きな作家の最新小説が出る」

 

・・・という日常のちょっとした楽しみで心を満たすことができます。

それは自分の仕事や人間関係、あるいは生命維持に直接プラスになる効果はないと分かっていても、期待に胸を膨らませることができます。

大袈裟ですが、そのような「日常の楽しみ」「生きるうえでの心の支え」というだけでも、おそらくそれを作者が知ったならば嬉しくなるはずです。

 

また、物語やフィクションを自身の日常とリンクさせて考えたり、その内容や登場人物について”勝手に” "好き勝手に” あれこれ考察したりも妄想することもできます。

何も同人誌やツイッターなどで2次創作として発信しないまでも、脳内では誰も介入することができないファンタジーを繰り広げることができるのです。

それは上司に理不尽なことで怒られたときも、着地点の見えない面倒な雑談に巻き込まれたときも、買ったばかりの服に汚れが付いてしまったときでも、物語やフィクションを通じて楽しい気持ちに、周囲や自分の状況も関係なく、寝る直前まで好き勝手にあれこれ考えて良いのです。

 

このように物語やフィクションというのは、「現実的でない」からこそ、「ありえない」からこそ、私たちの「心の救い」となることがあり、求めずにやまない人々が世界中にいるのです。

 

それに、どの人でも必ずフィクションには触れているはずです。

(この流れで申し訳ありませんが)AVなどのポルノだって、ハッキリ言えば物語でありフィクションでありファンタジーです。

世の男性たちは、日常ではオープンにすることができない、恋人や家族にも言えない性的嗜好という欲望を、フィクションであるポルノで発散しているのです。

AVに対しても「現実的でない」と仰る人がおりますが、そんなことは視聴者も作り手も分かっているからこそ成立している産業であり、そこに突っ込みをいれるのは野暮というものです。

 

話が脱線して申し訳ありませんが、何はともあれ物語やフィクションというものはエンターテイメントとしての位置づけでありますが、もはや世の中の人々にとっては毎日の活力として必要不可欠なものなのです。

 

物語やフィクションに触れているとき、「こんなのばっか見て、現実逃避している自分は駄目だなー」と思うこともあるでしょうが、とんでもありません。

私の場合は小説ですが、週間で刊行される漫画雑誌であっても、定期的に更新される動画であっても、いつ出るか分からない作者の最新作でも、ドラマでも映画でも、(そして欲情するタイミングで触れるポルノであっても)物語やフィクションを楽しみにして生きるということは、それ自体が前向きだと思います。

そして、それらを受けて「あー、面白かった」と独りでニヤニヤしたり、お風呂に浸かりながら思い出して感慨に浸るのも自由自在です。

 

現実に疲れることは生きていれば頻繁にあります。

物語やフィクションを望んで生きたり、たまには没頭して現実逃避しても良のです。。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。