アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

たった1冊の本ですべてを理解しようとしない

アラフォー童貞のODです。

 

本を読むとき、一語一語を理解しようとしてないでしょうか?

特に慣れていない内容だったり、何とか覚えなければいけない、嫌でも勉強しなければいけない状況だったりすると、何だか必要以上に気負ってしまうものです。

しかし、知識や考え方を得るための読書において、このような読み方をしていてはページはなかなか進まないうえにストレスなだけです。

 

このような読書の進め方は、言ってしまえば小説を読むときに冒頭から「この世界観はどうなっているのだろう?」「この物語に出てくる登場人物をすべて覚えなくては!」「最後は一体どうなるのだろう」と考えているようなものです。

おそらく多くの人は小説などの物語の読み始めたとき、「うーん、こういう世界観かな?」とか「一気に何人も出てきたけれど覚えきれないや」とか思いながら、始めのうちは世界観はざっくりと、登場人物も徐々に覚えていくでしょう。

そうして、物語が中盤になったころには世界観も把握できて、かつ何人かの登場人物に思い入れをもちながら、「この物語はこういう最後になるかも」とか「最後が全然想定できない」とかページをめくっていくはずです。

つまり、小説などの物語を読むにあたっては、最初のうち当然、その世界観も登場人物もラストだって分かるわけがないのであって、それでも「何となく」で読み進めていき、最後まで読み終えたときに「あー、いい物語を読んだ」あるいは「あー、時間の無駄だった」などと思うのです。

 

さて、このようなことを言ったところで、小説と知識や考え方を得る本ではその目的は異なるので、読書の仕方をすべて同じとすれば良いとはいきません。

知識系の本を何となく読み進めていったところで、最初のうちに基本を理解できておかないと、途中から何も分からなくなると不安になるでしょうし、何となくの感覚で読み進めても結果として何も分からないまま読み終えることになるので、それこそ「あー、時間の無駄だった」と憤慨するでしょう。

それならば、最初のうちは多少はストレスであっても、時間はかかっても知識や考え方を定着させるための努力をしたほうが良いと考えるのは自然だと思います。

しかし、最初のうちに時間をかけたからといって、果たして本当にその後の内容も理解できるようになるのか? と問われたならば、私はノーと答えるでしょう。

 

そもそも、世の中には数多のジャンルがありますが、その1つ1つのジャンルにおいて「この本1冊で基本が分かる」というものは存在しません。

それどころか、この手のタイトルの本もまた各ジャンルにおいて多数存在します。

それは何故なのかというと、各分野において「これを学びたい!」という人は多いけれど、それを学びたい人たちのレベルは様々であるうえ、教え方や伝え方が違うだけで個人ごとに理解力も大きく異なります。

そのため、参考書を選ぶときにインターネット上の高レビューを期待して購入したものの、「誰でも分かるって言ってたのに、自分には分からなかった」とか「この1冊だけでは不十分じゃないか」と落胆された経験を持った方々は多いと思います。

そうなると、最初からじっくり勉強したのに理解できないまま終わり、自分だけが理解できないため「才能がない」「頭が悪いんだ」などと決めつけたり、その後に何の本を頼りに学習したら良いのか分からなくなったりする人が出てしまいます。(というか、このような人は多いはず)

 

では、どうしたら良いのか言うといくつかポイントはありますが、本記事の内容に沿ってお伝えするならば・・・

 

「1冊ですべてを理解しようとしない」

 

・・・という考えをお勧めします。

まず、同じ分野やテーマの本であっても、基本的な内容が書かれた本であっても、書き方(教え方や進め方など)は本によって異なります。

同じ数式の構造を説明するのでも、Aという本では冒頭で説明しているのに、Bという本では中盤にようやく出てくることがありますが、これはAという本は最初に「こういう数式があります」の後に「なぜならば~」とか「このような使い方をします」とするのに対して、Bという本はその数式が使われるモデルや事例を先に紹介してから「このような場合は、次のような数式を使います」という意図があるからです。

「教える順番が変わっただけじゃん」と思われるかもしれませんが、順番すなわち教え方が違うだけで人間の脳内で繰り広げられるイメージ・理解は大きく変わるのであって、万人に通じる順番(教え方)がないからこそ、同じテーマや基本的な内容なのに世の中に数多の本が出ているのです。

・・・となると、インターネット上のレビューだけで1冊の本にすべてを賭けるよりも、何冊か基本的な本を買ってみて、自分に合った教え方の本を探すのが良いのです。

ここでポイントなのは、上記のように教え方としての順番も大切ですが、専門用語や単語の使用頻度の分量、筆者の文体が丁寧かラフなのか・・・といった「肌感覚」も見ておいて欲しいと思います。(ちなみに私は文体がラフすぎたり、砕けたものの言い方の本は理解しにくいと分かっているので、レビューが良くても第一候補から外します)

 

貴重な人生ではありますし、遠回りするよりも短期間で物事を修得したい気持ちはわかりますが、色々な本に触れること、つまり色々な人たちの教え方に師事するということは、決して遠回りではありません。

私自身、誰もがあっさり理解できることを何冊読んでも理解できなかったのに、何気なく出会った本によって「ああ、何だそんなことだったんだ」と1時間もしないうちに理解できた経験は幾度かあります。

そして、その後には以前に読んだ何冊の本に書かれていたことも「ああ、この本はこういう教え方をしていたんだ」とその本の教え方の意図を理解できたこともあります。

また、上記のように自分が理解しにくい文体や、苦手なタイプの教え方の本というのもつかめてきますので、教え方や伝え方によって受けては変わるということも実体験として得ることができました。

 

すべての出来事に意味はない・・・とまでは言いませんが、自分が読んでも理解できない本があっても、そこで挫けずに別な本を手に取ってみてほしい、という気持ちから本記事を書きました。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。